探索隊志望者の報復

リート

第1話 凶藉

 俺は今日、とある大会で優勝した。その大会は海洋探索隊になるための登竜門として有名だ。

 海洋探索隊とは、海に眠る古代の資産を回収したり、各地の海流を調べたりなどを行う集団のこと。


 世界一人気のある職業で、俺が一日でも早くなりたいと思っている仕事だ。


 浮ついた気分で家に帰り、リビングに入ると何故かそこには幼馴染が立っていた。


錬人れんとお帰りぃぃぃ優勝おめでとぉぉぉ!!!」


「おわっ! ちょっ、茜!」


 野乃花ののはな あかねは、黒いポニーテールをたなびかせながら凄い勢いで抱きついてきた。


「ねぇいつ私と付き合ってくれるの? 私ずっと待ってるんだけどぉ」


「海洋探索隊に正式に入隊するまで待ってくれっていつも言ってるじゃないか」


「私それで何年も待ってるんですけどぉ」


「うん……それは……すまん……」


 俺は頬掻きながら彼女の顔から視線を逸らす。


「謝るぐらいなら今すぐ付き合って! ほら、今すぐ!!」


 茜は、両手で俺の顔を挟むと鋭い眼光を向けてきた。


 彼女は時々暴走する。こうなってしまうと最早自身で制御しない限り、誰の手でも鎮めることができない。


 茜の拘束を前に動けずにいると、遠くから玄関のドアが開く音がした。


「お~っすただいま~。おっ、いい感じじゃないか君ら」


 部屋に入ってきたのは俺の父親である古谷ふるたに 史真しざね。優秀な海洋探索隊員で、黒色の短髪で理想的なマッチョ体型を持ち合わせている。

 俺が目標にしている人だ。


「ちょっと史真さん! 私達の大切な時間を邪魔しないでよ!」


「まぁまぁ錬人も困ってるんだし離してやれよ」


「いーやーだー!」


 彼女は頬から手を降ろすと、今度は俺の胸に向かって抱きついてきた。


「ちょ、茜、俺親父と大事な話がしたいからちょっと2階に上がってもらってていいかな」


 俺がそう言うと茜が体を震えさせながらこちらを見ていた。


「ッ……!!!!! もう知らない!!!!!」


 彼女は怒号を散らすとものすごい勢いで家の扉を開けていった。


「後でなんか言葉かけといてやれよ。多分あのままじゃ朝まで玄関前でうずくまってるぞ」


「うん。そうするよ。それで話があるんだけどいい?」


「あぁ、いいぞ」


 親父が荷物の片付けを終えると、そのまま俺達はテーブルに向かい合って座った。


「んで、話ってなんだ?」


「うん。今日大会で優勝して探索隊に仮入隊することが出来たんだけどさ、その後どうすれば正式に入隊できるのか悩んでるんだ。鍛錬とか瞑想とか毎日欠かさずやってるのに、何か一つ足りないっていう感覚が拭えなくて。逗針とどばりが俺より先にいるってのもあるけど」


 逗針 鉄斗てつとは俺の幼馴染でありライバルだ。彼は俺より早く仮入隊したのだが、なぜか未だに上にあがれずにいる。


「……まぁそうだな、逗針もそうだが、お前達は遠くを見過ぎていて近くを疎かにしている。それに気づかないうちは次に進むことはできん……と、俺は思う」


 親父は背筋を伸ばし、俺の目を真っすぐ見ながら言った。


 親父は温厚で普段は事を荒立たせないようにしているが、真面目な話になると一人のプロフェッショナルとしての顔となるので大変頼りになる。

 さすがの一言である。


 そんなこんなで色々と相談に乗ってもらっていた時だった。突然家が大きな衝撃音と共に激しく揺れた。


 揺れは短期的で、かつアラームが鳴らなかったことから地震ではないと判断した俺達は、すぐさま音がした外へと向かう。


 視界に入ってきたのは、黒いバイクに乗った男と上半身だけ起き上がらせている茜の姿だった。


「茜!!」


 男は彼女の方に車体を向けるとそのままアクセルを踏み抜いた。


 咄嗟に走り出した俺だったが、間に合わずに茜は轢かれてしまった。


 俺は急いで彼女のもとへ駆けつけようとした。しかし、男は速度を落とさずに急旋回するとこちらの方へと突進してきた。


 体が別方向に傾いていた俺のところにバイクが猛スピードで迫ってくる。


 やばい、轢かれる! そう思った次の瞬間、突然誰かに背中を強く押された。


 地面に転がり、アスファルトの凹凸が肌を攻撃する。すぐに起き上がって後ろ見ると、血だらけで仰向けに倒れている親父と逃げていく男の姿が映った。


「親父!!!」


 不快な排気音が鳴り響く中、俺はおぼつかない体運びで彼のもとへ駆け寄る。


 親父は骨の向きがところどころおかしくなっていたり、息も絶え絶えになっていたりして大変危険な状態だった。


 俺はポケットに入っていた携帯で119番に連絡すると、大急ぎで応急処置を始めていく。


「しっかりしろ親父! 親父!!」


 くそ! 茜のことも視てやりたいがぶつかられた時の衝撃度的にこっちの方が重症だ。今やらないと手遅れになっちまう!


 ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!!


 俺は心の中で吠えた。誰かに聞こえてほしいと願いながら。


 そして、正式に海洋探索隊に入るのと並行して犯人を突き止め、報復することを誓った。

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