第3話 茜

 同時刻。茜は、黒いスーツの護衛人達の攻撃で足止めを喰らっている残りの九人を見つけた。

 数は護衛人達の方が圧倒的に多く、通常であれば負けるわけがない盤面である。そう茜も走りながら思った。


 しかし、相手は少数で乗り込んできたイカレ野郎である。精鋭揃いであるのは容易に想像できた。


 茜が戦場と邸宅の間に先回りした時、ちょうど争いが終結していた。最後まで立っていたのは五人だけで、その全員が侵入者だった。


「……なるほど」


 茜は肩で息をしている彼らの前でぽつりと呟く。

 迷彩服がみすぼらしくなり、体力も半分以上使い果たしたと思われる男らは、ナイフの刃先を彼女に向ける。


「そこをどけ」


 五人のうちの一人が低音で威嚇しながらゆっくりと歩き出す。


 五人は女である茜を軽蔑していた。内心、何もできないのに偽善だけでやってきたただの一般人ぐらいにしか思っていなかったのだ。


 だがしかし、その考えは誤りだったことを、彼らはすぐに理解することとなる。


「うるさい」


 茜は凄まじい瞬歩で向かってきた男の鳩尾を殴り、気絶させた。


「「「え……」


 男達は突然の出来事に言葉が出なかった。たかが女と高を括っていた相手に味方が一撃でやられたのである。


 この時彼女はひどく集中していた。周りの音など右から左へ流れていき、目に見える全ての物体が輪郭ごとはっきり視認できる。

 何かの作業や達成しなければならない目標を実行中の際に茜は集中状態に突入する。

 この状態の時は、サイボーグのような冷徹な性格へと豹変する。

 感情がほとんど無となった彼女に対して、男達は恐怖のあまり反射的に奇声を上げながら殴り掛かっていく。


 いくら異次元モードの彼女でも、複数人の男達に同時に向かってこられるのはさすがに骨が折れる。


 茜は小刻みな足運びをしながら彼らの攻撃を避けつつも、隙を見つけては殴っていく。

 汗と口から漏れ出る白い液体が混ざり合い、汚臭が辺りに蔓延する。


 気が付けば、彼女は男達全員を傷だらけの状態で地に伏せさせていた。


 男の一人が茜の方を見ながら呻く。


「た、タダじゃやられねぇ……辺り一帯吹き飛ばしてやる!!」


 彼は手を内ポケットに突っ込むと、赤いボタンの付いた小さな黒い箱を掴む。


 その俊敏な動作でこれから何が起こるか予測が立った茜は、若干顔を青ざめさせながら全速力で邸宅の方へと走る。


「へへへ……もう遅ぇ……散れ!!!」


 男は躊躇うことなく赤いボタンを押す。だがしかし、爆発は起きなかった。ボタンは、押されると胴体に巻き付けた筒状の爆弾を起動させる仕組みである。構造上、間隙無く作動する筈なのだ。


 不審に思った男は、すぐさま服の内側を見る。なんと、爆弾と火を繋げる導火線が遅燃性のある素材にすり替えられていたのだ。


「え…………」


 男は突然の出来事に狼狽える。しかし、遅いというだけで火自体の進行は止まっていない。

 男が思考を停止してから数秒経った後、彼を中心に赤と黒が混じった爆発が巻き起こる。

 狂飆は辺り一帯を抉っていき、人の血肉を吹き飛ばしながら拡散していく。


 強烈な爆風は走る茜にも襲い掛かる。強風で足が一瞬浮いたかと思ったら、勢いそのままに邸宅の塀に激突した。

 体が重力に沿って地面に落ちる。


「錬……人……」


 彼女は小さく彼の名を呟くと気絶してしまった。



「おい鉄斗! なんでこんなことしてんだよ! 海洋探索隊員になってまだ見ぬ宝を見つけるんじゃなかったのかよ!!」


 逗針と錬人は激しい殴り合いを繰り広げていた。拳が衝突するたびに砂埃が舞い、お互いの黒髪が風でなびく。


 彼は何も言わなかった。それどころか攻撃の手数を増やしてくる。体勢を変え、次から次へと打ち込んでくる様はどこか焦りのようなものを感じた。


「おい鉄斗!!!」


 俺は足に力を入れると、烈火の如く走り出す。その時だった。


「邸宅前の敵、壊滅。残り一人」


 遠くから拡声器の音が聞こえてきた。壊滅の報告を聞いた鉄斗は、ポッケから白い球を取り出すと、地面に向かって思いっきり投げつける。


 途端に視界が真っ白な煙に包まれた。俺はすぐさま足を止め、顔周りを両腕で覆う。

 しばらくして煙が晴れると、そこには誰もいなかった。


「あいつ……」


 俺は煙が消えていくのを見つめながら歯を全力で食いしばった。







 この世界のどこかにあるとあるビルの一室にて、とある男が鼠色の携帯電話で鉄斗とやり取りをしていた。


「……以上の原因により、計画は失敗しました」


「失敗しました……じゃねぇんだよ!! なんで成功しねぇんだよクソが!!」


「……すみません」


「もういい! お前はさっさと本部に戻ってこい! 鼻っ垂れが!!」


 男は通話終了のボタンを押すと同時に携帯電話を地面に勢いよく叩きつける。


「ああクソ! どいつもこいつも役に立ちやしない! 失敗続きだ畜生!! ……もういい、僕がやる!!」


 男は髪の毛を無造作に搔き毟ると、ショルダーバックを装着して部屋から出て行ってしまった。

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