依頼屋男とマシナリー・ガール ~機械は“勇気”の夢を見るか?~

めんてて

1.ある依頼屋に舞い込んできた依頼

 鉄と油の匂いが鼻を突く、眠らない街──アンドロメダ・シティ。この鉄臭い街を動かしている機械の音で、夜もおちおち寝られやしない。


 “世界が終わった日”と共に建てられたここに、お天道様の光が差すことはない。様々な層に別れた“塔”のようなこの街では、俺みたいな人間は、殺風景なランプの光に祝福されながら生まれ、機械の天蓋の下で死んでいく。そんなクソッタレな世界。


「マスター。一言申し上げるのなら、睡眠を十分に取れていないのは、このような場所で寝ているからだと思われます」


 独り言をだらだらと呟く俺の耳へ、無機質な“音声”が入ってくる。……分かってるさ、そんなことは。


「そうですか。分かっているのならば改善すべきでは?」

「……ほんと、愛嬌の無いヤツだな」

「マスター、痛いところを突かれると話題を逸らそうとする癖がありますね」


 ……わざわざ分析どうも。お世辞にも広いとは言えない部屋。というより、事務所だ。俺はそこで寝ている。部屋に置かれた大きなデスク。その前に置かれたソファーと机の応接セット。その上には、様々な書類が乱雑に置かれていた。


「依頼書はゼロ。届いているのは光熱費等の請求書だけです」

「……ま、そんなことだろうと思ったよ」


 俺は──依頼屋いらいやというものを生業としている。このアンドロメダ・シティは便利な機械都市のように見えて、人からすれば以外と不便な所もある。

 だが、そうしたモノは“お上の機械”には届かないので、俺のような存在がカバーしている、というような感じだ。


 人間だろうが機械だろうが、“依頼”さえこなせば対等な存在として扱われる。俺のような“人間”にとっちゃ夢のような職業……ではあるのだが。


「……あーあ」


 事務所兼宿泊場所のソファーに寝転びながら、ため息をつく。誰でも始められる職業で、元手もそれほど必要ない。となれば、激しい競争が起きる。

 この世界はピンキリだ。上の依頼屋いらいやは大企業からの頼み事が毎日届くらしいが、下の依頼屋いらいやは金欠で今日を生きるだけで精一杯なやつらばかり。


 かくいう俺も、後者の方なのだが。


「マスター、そろそろ起きてください」

「……あーもう。分かったよ──って」


 寝ている俺の横へ来た声の主は──その手を引っ張ると、山積みになっている書類の上へとそのまま俺を投げ飛ばした。……突然のことで声も出ない。


「起きましたか? マスター」

「……きつい一発、ありがとよ」


 再びそいつ・・・は俺の方へ近づいてきた。だが、今度はへたり込む俺へと手を差し伸べてきたので、ありがたくその好意に甘えさせて貰う。


「……全く。朝から全身が痛む」

「もうお昼ですよ」

「……」


 時計を見ると、確かに短針は一二の文字を通り過ぎていた。


「ではマスター。私は挨拶回りへ行ってきますので」


 ……そう言って事務所から出て行こうとする彼女。見てくれも、言葉も、外から見れば人間にしか見えない。しかし──違う。

 アンドロイド……いや、ヒューマノイドと呼ぶ方が正しいのだろうか? 


 仮にも大人の人間である俺。その体を投げ飛ばすほどの力を持つ体躯は、“機械”でできているようだった。

 ようだ、と言葉を濁したのは、内部の構造があまりに複雑かつ精密すぎて、“機械である”ということ以外何も分からない……という背景がある。


 ある日──スクラップ場で拾ったマシナリー・ガールに懐かれて、この事務所に仕方なく・・・・置いている、というわけだ。


「それと、コーヒーを淹れておきましたので」


 出て行く直前にそう言った機械少女。周りを見渡すと、確かに部屋の奥にある窓際のデスクにコーヒーカップが置いてある。

 おそるおそるその中を覗くと、そこにあったのは液体では無く……固形物。……“メモリ”だ。


「……おいおい、またこれか」


 俺はため息をつきつつも、左手の手首を露出する。露わになったのは肌だけでなく、手首に“移植”されたメモリの差し込み口。

 そして、カップの中から“メモリ”を取り出すと──それを手首に差した。


 カチッ、という音。少し遅れて、口の中に苦みが広がる。これが──“味覚のメモリ”だ。今じゃ、ほとんどの人間がこうして飯を食べてるとかなんとか。


 それもそのはずで、人間の感情やら五感は、今やデータ化されて様々な形で販売されているからだ。この味覚のメモリもそうで、“コーヒー味”を感じるようなデータが入ったメモリを、あのマシナリー少女は買ってきたのだろう。


 痛みも無いし、手軽ではある……ものの。高級品ではあるが、“生の味”に触れたいと思ってしまう自分がいるね。


 “コーヒーのデータ”を吸い尽くし、空になったメモリを捨てる。するとその時、ゴミ箱に捨てるついでで、デスクの上のコンピュータのランプが点灯しているのが見えた。

 俺は机の前に移動して閉じていたディスプレイを開き、通知を見る。


 そこに表示されていたのは──。


「おいおい、マジかよ……こりゃ」


 メールの通知。メールの件名は──“奪還の依頼”。差出人は、アンドロメダ・シティでも有数の大企業、電脳熊猫有限公司……通称“パンダ”。

 先ほどのような“メモリ”の販売の元締めで、あらゆる感情や五感のデータベースを保有しているとか、していないとか……という話を聞いたことがある。あくまでも噂レベルだがな。


 肝心の“依頼”の内容は──次のような文言だった。


「目標……クローラーに盗まれた感情データの奪還。対象データは──“勇気”の感情データ。盗まれた際の詳細なデータは──」


 その後には、ずっと監視データの類いのログが延々と続いている。これは後で読むとして……。

 とりあえず、俺は服のポケットに入っていた専用の通信機を起動して、マシナリー少女を呼び戻す。


 大企業“パンダ”からの依頼。俺のような弱小依頼屋いらいやにとってはありがたい限りだが……。

 それと同時に……どこか俺は、この依頼に怪しさを感じていた。なぜかは分からない。ただの勘でしかないが。


 しかし──後に俺は後悔することになる。この時の当てずっぽうのような勘を、信じておけば良かった──のだと。

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