7.その人形は夢を見た

 人権管理委員会。それに囚われた俺と……人形ドール。閉鎖されたゴミ捨てグレイブ・ヤードで、マシナリー少女がヤツらに“ウイルス”を感染させられる姿が、網膜に焼き付く。


 “勇気”という感情データ。機械が処理することが不可能な“毒”。それはつまり──“勇気”というものが、人という存在に近いデータである、ということ。


 この機械の墓場に倒れる人形ドールの姿を見ながら──俺はあること思い出していた。



 時は遡り──俺がまだ、依頼屋いらいや稼業を初めて間もない頃。まだまだひよっこで新人だった俺は、ある依頼の際にヘマをやらかし……“スクラップ・ヤード”と呼ばれる場所へと逃げ込んだ。


 スクラップ・ヤード。ここアンドロメダ・シティで廃棄される機械の墓場。その最も大きなもの。下層にあるその墓場で……その時の俺は途方に暮れていた。

 あそこは単なる処理場だ。一度放り込まれたとて、抜け出す手段は無い。“ここで終わりか──”と、思っていた俺の前に……ある機械があった。


 その機械は……人間と寸分違わない見た目の、美しい外見をしていた。人間の性欲処理のために売られている安価な人形とは違い、どこからどう見ても機械には見えないような……そんな稚拙な表現しか浮かばないほど綺麗な“少女”がそこには居た。


 そしてその時の俺は、ある物を見つけた。このマシナリー人形ドールの傍らに、何かのマニュアルが置いてあったのだ。

 それは偶然にも──この機械の起動方法や、動作の方法について書かれたものだった。


 だが、それだけではない。その紙には、この少女が廃棄された理由も合わせて記載されていたのだ。


 “ヒトに近づきすぎた機械仕掛けの人間”──という文言が。


 これが……俺と“スクラップ・ガール”の出会いだ。



「……っ」


 冷たい床の感触が脚へ伝わる。そうだ。俺は……忘れていた。自分にとって、当たり前だったことを。

 自分の不甲斐なさに思わず笑ってしまう。あのピエロ野郎は言った。ウイルスの入ったメモリを持ちながら、“これは致死性のデータ”だと。


 確かにそうだ。機械は未だ人間とはほど遠い。“勇気”なんていう全く合理性の無い感情を理解することはできないだろうし、する必要も無いのだろう。だからこそ……“勇気”が毒となる。


 だがそれは……その理屈は──。


「待ってたぜ──人形ドール


 俺の視界から──マシナリー少女の周りに居た、人権管理委員会の構成員の姿が一瞬にして消える。そこには……ドールの姿も無い。

 機械の墓場の上で、何者かがスクラップの上を“駆ける”音だけが響く。


「──何ッ……!」


 その状況を見た白衣の男は、俺が見る中で初めて……驚いたような顔をして後ろを振り返った。だが──遅い。


「──」


 その男の顔に──文字通り“鋼鉄の”拳が叩き込まれる。その殴られた勢いのまま、ピエロ男は俺のはるか後方へと吹っ飛んでいった。並の人間なら、全身の骨が折れて死んでいるだろう。……そして。


「──すみません、マスター。遅くなりました」

「ったく。心配かけさせんなよ……人形ドール


 俺は冷たい手で体を起こされる。その持ち主である……人形ドールの何ら変わりない姿を見ながら。


「……無事なのか?」

「はい。マスター。セルフチェックを行いましたが、特に問題はありませんでした」

「……そうかよ」


 いつもの調子でそう言われると、心配した自分が馬鹿らしくなってくるな。だが……実際に、スクラップの上に立つドールの姿に異常は無い。

 言語機能も身体機能も通常通り動いている。“勇気”のデータとはいえ、生のデータじゃなくてウイルス化されたデータだったんだ。何も影響が無い……なんてことがありえるのか?


「はい。私のシステムは……あのようなウイルスに負けるほど脆弱ではありませんので」


 ……あの白衣の男もメチャクチャなヤツだが、コイツも相当だな……と。そんな風に一瞬だけ和んだ雰囲気が、また張り詰めた物へと引き戻される。


「──おやおや、簡単に言ってくれますねぇ。あのウイルスが効かない……そんなことは、ありえない」


 吹き飛ばされた白衣の男。数十メートルも吹き飛び、おまけにスクラップの足場という“金属の海”へと叩き込まれたにも関わらず、その男は五体満足で、俺達の前に再び姿を現した。


「機械ならば、このウイルスで必ず破壊できる。それは実証済みです。……あなたは、一体何なんです?」


 男は、人形ドールを指してそう言う。言われたマシナリー少女は、俺と白衣の男の間に割って出て、こちらを守るようにして立つ。

 困惑するピエロ野郎。だが……当然だ。普通の人間からしてみればそうだろう。


「あいにく、コイツは……“特別”でな。──スクラップ・ガール。最も人間に近づいた……機械だ」

「……はは、何だ? それは? 僕を馬鹿にしているのか? ……ふざけるのも大概にしろよ……機械風情が」


 ──男は懐からジャミング銃を取り出した。通常の銃よりも一回りほど大きく、銃口の部分に電磁波の発生装置が取り付けられている。


「壊れろ、機械マシナリー

「──ッ」


 白衣の男がトリガーを引く。甲高い音と共にそれは放たれるが……しかし、人形ドールに当たることは無かった。

 なぜなら彼女は──その“電磁弾”とすれ違うようにして──男の目前へと迫っていたからだ。


「マスターに危害を加えるようなら、容赦はしません」


 少女の手が勢いを付ける為に後ろに引かれ、そのままその拳が男の腹へと放たれる。先ほどの打撃よりも数倍その威力は強く、それを拳と共に生まれた衝撃波が物語っていた。

 スクラップが空中に舞う。白衣の男はそのまま吹っ飛び──ぴくりとも動かなくなった。


「……目標沈黙。マスター、無事ですか?」


 戦いを終えた人形ドールがこちらへ走ってくる。……コイツがやったことは、まさに命がけのことだ。万が一、すれ違うことができずにあの“電磁弾”が当たれば、活動が急停止し、システムが破損する恐れがあった。


 そして、そんな危険な判断を、普段は下さないのがこのマシナリー少女だった……はずなのだが。

 そう呟く俺へ、少女は答えを返す。意外な答えを。


「“勇気”です。先ほど……言語化が不可能なデータを私は処理しました。それは、あの勇気であったように考えます」

「……ウイルスを中和して、純粋な感情データだけをインストールした……ってことか? それ以外考えられないか……」


 コイツのことだ。今更驚くことでも無いんだろうが……まさか、ここまでやるとは。──と。


「──はァッ……はァッ……」


 地面に広がるスクラップの海から白衣の男が這い出てきていた。おいおい……嘘だろ。あれだけやってまだ生きてんのか。


「なるほど……合点がいったよ、ようやく。その機械は……はッ」


 少女ドールは拳を構えるが、男はだらん、となっている右手を掴んで、俺達を睨み付ける。


「……また会おうじゃないか。機械の……ゴミども」


 そう言って白衣の男の姿が──消える。俺の目がおかしくなったわけでも、頭がおかしくなったわけでもない。正真正銘……消えた。

 ……人間とは思えない、身体能力。だが……人権管理委員会のメンバーともなれば、メモリを体に刺しているわけでもない。


 そんなヤツが……どうやって。


「──マスター」


 人形ドールの声。いつの間にか少女は、“男”が姿を消した場所へと移動していた。俺へ向けられている手の中には……。


「……これを」


 近づく自分へ、少女はそれを手渡した。手のひらに治まるサイズの、長方形の物体。先端にある金属の端子。メモリだ。


「これが……あのウイルスか」


 ようやく手に入れた依頼品……“勇気”のデータ。だがそれは──機械を死滅させるためのウイルスと化していたのであった。

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