8.“勇気”というウイルス
なんとか、人権管理委員会の白衣の男を退けた、俺と
そんな中で、あの男が残していった“ウイルス”を手にして、俺は思考にふける。正直言って……俺も人間だ。アイツらの思想が全て理解できない……というわけではない。
確かに、このアンドロメダ・シティで生きる中で、マシンに理不尽な扱いを受けることだってある。俺の営む“
“中層”への居住が許可されている、特有の技術を持った“特定人間”。中でも、事務所の近くに住んでるやつらとは、知らない仲じゃない。
だが、そんな顔を知ってる人間達が機械に虐げられている、と来れば、確かに白衣の男の理屈には筋が通っているように思える。
「……マスター? どうされたのですか?」
思考を巡らせる俺へ、心配したのか
このマシナリー少女の顔を見ていると、決してそればかりではないと……思うようになった。
「……いや、ちょっと考え事をしていただけさ」
「そうですか。……“それ”はどうするのですか?」
少女の言葉が指しているものは、俺の手の中にある“メモリ”だ。中には“勇気”の感情データを改変したウイルスが入っているらしい。
このメモリを機械に差し込めば、たちまちそのマシンは壊れてしまう……というもの。
「正直、迷ってる。捨てるべきか……持っておくべきか」
そう言う俺を、
アンドロメダ・シティを動かしている大半の機械には、これは有効に働くだろう……と。
「──いえ……そうとは限りません」
そこまで言って、マシナリー少女が口を挟んできた。彼女は俺の手の中にあるメモリをひょいとつまみ、自らの手を開いてその上へ置く。
「マスターの言うとおり、驚異的なウイルスです。しかしそれは……これがウイルスとしての役割を、正しく全うした場合のこと」
「……どういうことだ?」
「その通りです」
「……確証があるのか?」
「はい。マスター」
そう口にした彼女は、メモリを持つ手をぎゅっと握る。すると……その手からは青白い“光”が放たれ、ホログラムのように情報を映し出した。
そこには……記号やら何やらが書かれている。見ているだけで脳みそがパンクしそうだ。
「率直に表現するのならば……これは“粗悪なウイルス”です。だからこそ、私も大きな影響を受けなかった」
「……」
……確かにそうだ。いくらコイツが“人に近づいた機械”であるからといって、ウイルスに感染させられてもシステムに不具合が起きていない……というのはいささか不自然だろう。 その理由が、そもそもウイルス自体が粗悪なものであったとするならば、特に矛盾は無い。
「しかし、私にウイルスが効かないということを、あの男が知ってしまった」
「……改良してくる……か」
……だとすれば、持ち帰ってしっかりと調べた方がいいかもしれないな。“勇気”という感情データがベースとなっている以上、どれほど改良すれども土台は変わらない。
ゼロから作り出されたウイルスでないのなら、調べる意味はある。
「
「分かりました。マスター」
俺はドールへ、“勇気”のウイルスが入ったメモリを手渡す。それを彼女は、腕にある“格納スペース”へとしまい込む。
パカッ、と開いたマシナリー少女の腕部は、メモリが入るとすぐに閉じて、また人と変わらない見た目へと戻る。
「帰るか。……中層へ」
「はい。ルートの検索は終了済みです。案内します、マスター」
そう言って……
しかしそれは……マシンがヒトを理解することができない……わけではないと思う。
現にこうして──イレギュラーな存在ではあるが──人間の感情を理解することができるマシナリーが、俺の目の前に居るのだから。
希望はある。こんな鉄と油の街にも、まだ望みはあるのだ。
人権管理委員会の根城。そのスクラップの墓場の上を歩く“機械の姫”の後ろ姿を見ながら、俺はそんなことを考えていた。
「……マスター。中層に戻った後はどうするのですか?」
「あー……そうだな」
正直なところ、やるべきことはたくさんある。“パンダ”への依頼の報告とか、“情報屋”への顔見せとか。
「またリーブラへ行くのですか?」
「あぁ。オッサンの情報は正しかった。礼ぐらい言いに行っても問題ないだろ?」
「そうですね。マスター」
俺は、後のことを考えると少し憂鬱な気分になる。結局、回収したのは“勇気”のウイルスで、盗み出された感情データそのものではない。
一応、機械への攻撃は防いだものの……依頼としてみるならば失敗だろう。
“上層”を牛耳るパンダのことだ。どんな仕打ちを受けるか分かったもんじゃ無い。その気になれば、ウチのような弱小依頼屋は一発で潰れるだろう。
……なので。
「そうだな……まずは、情報屋のオッサンの所へ行くぞ」
「分かりました。マスター」
いつもの調子で返事をする
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