6.人権管理委員会

「……ここは?」


 朦朧とした意識の中で目が覚める。重い瞼を開きつつ、俺の脳内には“ヒューマン・コロニー”での出来事が、映写機のようにフラッシュバックしていた。

 俺と人形ドールを襲った謎の集団を倒した後。その正体を確かめている間に、新手に襲撃されて意識を失った。確か、そんな感じだったはずだ。


 その証拠……と言って良いのかは分からないが、側頭部には未だに痛みが残っている。意識を失うほど強く殴られたのだから、自然ではあるが。

 そんな中で俺は、自分の現在いまの状態よりも──あのマシナリー少女の姿が周囲に無い事の方が気がかりだった。


 ここ──俺が倒れている場所は、コンテナの中のような場所で、地面は固く明かりは無い。おまけに、アンドロメダ・シティの“駆動部”に近いのか、中層よりも油の匂いが鼻を刺激する。

 順当に考えれば──ここは。


「……人権管理委員会のアジト……なのか?」


 手足が拘束されていて動きづらいが、なんとか上体を起こして周りをよく見渡す。すると──前方に人影が見えた。暗がりから男性の声が聞こえる。


「おやおや、お目覚めのようですね? “依頼屋いらいや”さん」

「……こっちの事情はお見通し、ってわけか」

「ははっ、そんな怖い顔をしないで下さいよ」


 その人影は、およそこんな鉄臭い場所には似使わないような格好をしていた。白衣……まるで研究者のような装いだ。

 いや、人権管理委員会という組織のことを踏まえると……本当に研究者である可能性も捨てきれないな。


「おやおや、当たらずとも遠からずですねぇ。なるほど、ここまで辿り着くだけのことはある」

「……で、俺に何の用だ? マッドサイエンティスト野郎」


 俺にそう言われた“研究員”の顔が、暗がりの中でもはっきりと歪むのが見える。その笑みは……この男が、およそマトモでは無い狂人きょうじんであることを示しているようだった。


「いえいえ、特には。単にあなたと話をしてみたいと思っただけですよ。──機械に味方する、人間にね」

「……そうかよ」


 マッド科学者は俺の姿を見下ろしたまま、更に話を続ける。


「おかしいとは思いませんか? この機械に支配されたアンドロメダ・シティを。我々人間は……機械に支配されるような下等生物では無い」


 男は、手を広げ──まるで演劇でもするかのようにオーバリアクションを取りながら、更に持論を述べていく。


「不思議なんですよ。“あの機械”と行動を共にするあなたという存在が。ヒトであるならば、すべからくして機械の支配を脱しようとするものですが……僕の目の前に居る人間は違う」


 大ぶりな動作に、狂った表情。道化師のような男だ。何を言われようと、あいにく──俺は今のアンドロメダ・シティに満足している。

 ……人権管理委員会。人の支配の復活を目論み、機械の廃絶を掲げる過激派組織。……何度か中層の依頼で関わったことがあるが、どいつもこいつもイカれてるな。


「おやおや、それは心外というやつですねぇ。我々は至ってマトモです。狂っているのは──あなたでは?」


 売り言葉に買い言葉だ。コイツはおそらく……人権管理委員会の中でも地位のあるヤツかもしれない。どれだけ狂っていても、この道化師には“反機械”という確固たる軸がある。

 そして、そんな輩にとって、俺という存在が邪魔そのものであるというのも、コイツの態度からして間違いは無いだろう。


「では、提案です。どうです──我々の同志になりませんか? そうすれば、これから起こることは全て取りやめましょう」

「……はっ。“同志”ね」


 なんとも……うさんくさい響きだな。俺は依頼屋いらいやだ。これまで多くの人間と関わってきた。その中には、機械によって生きながらえているようなヤツも居る。

 機械共は確かに気に食わんさ。それには同意しよう。だが……だからと言って、その廃絶にまで手を貸す気は無い。


 それに、何よりも、だ。


「あいにく──俺は腐ってもアンドロメダ・シティの“依頼屋いらいや”なんでね。受けた依頼を途中で放り出すなんてマネはできねぇよ」

「……そうですか」


 俺の言葉を聞いたマッドサイエンティストは、そう言うと──。


「残念です」


 その腕を高く掲げて、指を鳴らす。閉鎖された空間にその音が鳴り響くと……空からまばゆい光が降り注いだ。明かりだ。

 それによって、ようやく俺は、ここがどんな場所なのかを理解する。


 無数に積まれたコンテナに……地面を埋め尽くさんばかりの無数のスクラップ。ここは──廃棄場。


「──っ!」


 そして──そのスクラップ・ヤードにある一つのコンテナの上。照明に照らされたその場所には……見覚えのある顔があった。


人形ドールっ!」


 マシナリー少女の姿。その少女がコンテナの上に跪き、背後に人権管理委員会の構成員が銃器を構えて立っている。

 ……俺は何度も何度もアイツへ呼びかけるが、起動する様子はない。


「無駄ですよ。休止スリープではなく停止シャットダウン状態ですから」

「……お前ッ」


 無意識に顔が強ばる。全身に力が入る。しかし、手足を縛る強固な拘束器具の前には歯が立たない。それでも……俺は湧き上がる感情を抑えることができなかった。


「……おやおや、いいですねぇ! その顔っ! 素晴らしいですよ、依頼屋さんッ!」


 そんな様子とは裏腹に、道化師は心底楽しそうに笑い出す。くそったれめ。思考も感情もイカれてるサディスト野郎が。


「はははっ。僕がサディストだったら、“あの機械”のメモリを無理矢理壊してますよ。そうしないのは……なぜだと思います?」

「……知るかよ、クソ野郎」

「あなたのような“間違っている”人間の絶望する顔が見たいんですよッ! あぁ、待ちきれないッ!」


 男は、手を広げてそう叫ぶ。あぁ、楽しそうで羨ましいもんだ。こちとら……アイツの事で今にも胸が裂けそうな気分だというのに。


「……おやおや、アレはただの機械ですよ? ただの消耗品。パーツの集合体です。まぁ人間のフリが上手いことは認めますが……」


 そう言った白衣の男は……そのポケットから、真っ黒な外装の何かを取り出した。形だけ見れば“メモリ”だ。


「えぇ。その通り。そしてこの中に、あなた達が探していた物がある。……もう原型も無いですがねぇ」


 ……まったく。“パンダ”から盗み出した“勇気”のデータがウイルスに改造されている、って情報は本当だったらしい。

 だが……余計分からなくなる。ただの感情データをウイルス化したところで、普通のウイルスと何が違うってんだ。


「おやおや、気づいていないのですか?」

「……何がだよ」

「“勇気の生データ”。それは上層にしか存在しないのですよ。そして、上層に行けるのは機械だけ。おまけに、この“勇気”は外へ出たとしても粗悪なコピーデータか、偽装データとしてだけです。おかしいとは思いませんか?」


 おかしいだって? 感情データは本来、機械にインストールする為のもの。いや……待て。機械だけの社会の中で、なぜ“勇気”なんていうモノが必要になる?

 喜怒哀楽を擬似的に感じる為のデータ……それが感情データだと理解している。それ自体は百歩譲って必要だとしても……何の為に“勇気”のデータが要る?


 アンドロメダ・シティを管理するマシン達は、常に合理的な判断によって街の運営を行っている。“勇気”はむしろ、そうした処理を阻害する要素だ。

 そんなデータを……“パンダ”のような大企業がなぜ厳密に管理している?


「おやおや──答えは一つ。“勇気”という感情データは──機械が処理できない“致死性”のデータだからですよ。そして、その毒性を少し強めてやるだけでこうして──」


 ピエロは腰を曲げ、お辞儀をしながら──人形ドールへ手を向ける。


「──機械マシンは、簡単に潰える」


 俺は目を見開く。マシナリー少女の後ろに居る構成員が、おもむろに道化師の持つモノと同じ“メモリ”を取り出し、アイツの首元にあるポートへ──。


人形ドール──ッ!」


 俺の叫びが……殺風景な鉄の空間に、ただ反響していく。人形ドールが、その場に倒れていく中で──。

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