5.人間居住区“ヒューマンコロニー”
情報屋から、盗まれた“勇気のデータ”に関する手かがりを手に入れた俺と
鼻を刺激する鉄と油の臭い。無秩序に建設された鉄製の建物が、まるで城のような集合体を形作っている。
そんな“鋼鉄の要塞”の中心にあるエレベータ。ボロボロの衣服を纏った人間が、毎日何十何百人と運ばれていく、輸送装置。
中層に出稼ぎに来る人間は、俺も含めてそのエレベータのことをこう呼んでいる。
──死の箱船と。
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「マスター。下層に入ったようです」
「……あぁ。そうみたいだな」
俺は──コートを脱ぎ、その代わりに黒い外套を被りながらそう呟く。
まぁ、コイツに限っては、光学迷彩なりでカモフラージュをすれば良いのだが、下手にデジタルな手段を使うと、逆に見つかる可能性もある。
最新鋭の機械に対しては心許ないが、現状ではアナログな方法を使うのが、一番可能性が高い。
「何の可能性ですか?」
「それはな──って」
視界に入った
その“影”に身を潜め、息を殺す。
「……」
少しして──機械の駆動する音が耳へ入ってくる。少し前まで居た道を……あるロボットが歩く音だ。
幸いにも、その機械の索敵レーダーに俺達は引っかからなかったようで、その機械は素通りしてその場を後にする。
「エリミネーター。あんなモノが下層に居るのですね」
そしてそんなヤツが闊歩するこの街。
「……人間の住む場所が、こんな有様ってわけだ」
ヒューマンコロニー。情報屋が“掃き溜め”と例えたこの場所は、その意味に違わない街だ。死に怯え、ボロい建物から外に出ようとしない人間と、そいつらを監視する機械。
「……行くぞ。こんな所、長居したくなるような場所でも無いしな」
「……はい、マスター」
俺達は、その場から立って、元歩いていた道へと戻る。街の様子は……まさにゴーストタウンと言った様子で、人間の居住区であるにも関わらず、その人間の姿はどこにも見当たらない。だが──。
「……」
ふと、道沿いにある二階建ての建物を見る。表面は錆び、何時崩れるか分からないそれの二階の窓。そこから……何人もの人間が、俺と
「怯えているのでしょうか」
「さぁな。ここからじゃ分からんだろ」
ここに住む人間は……感情データ等を採取するための
「……怯える気持ちも分からんでも無いが……これじゃ情報収集もできやしないぞ」
手に入れたのは、ヒューマン・コロニーへ行けば良い、という情報だけ。ここに手がかりがあるらしいが、それが何かまでは分からない。
現地で調べれば良いと思っていたが……流石に考えが甘かったか。
「……はぁ」
無機質な街を進みながら、俺はため息をつく。そもそも……こんな街に住む人間が、“パンダ”なんていう超が付くほどの大企業から、データを盗めるもんなのか?
あのオッサンを疑うわけじゃ無いが……街と住民の様子を見る限りでは、とてもそうは見えない──。
「マスター」
──と。それまで沈黙を貫いて、俺の横を歩いていた
「な、なんだよ」
「敵です」
そう言ったドールは──その青い瞳を四方八方へと巡らせる。
「一七人。人間のようです。刃物を所持。敵意が見受けられます」
「……おいおい。マジかよ」
だが、確かによく考えれば、これだけ荒廃しきった街だ。デタラメに建造された建物には、大量の死角が存在している。
にしても……ここまで敵意を向けられるのはなぜなんだ?
「……機械避けの為にこの格好を選んだんだが……まさか人に見つかるとはな」
「マスター。どうしますか? 即時に殲滅対象への指定を勧めますが」
「いや……相手から仕掛けてくるのを待つ。迂闊に手を出して厄介な“組織”に手を出したくない」
俺と
願うのならば……会話の通じるヤツらだとありがたいんだがな。
「──ッ」
そんな悠長な構え方をしていた瞬間だった。暗がりから、甲高い音と共に──銃弾が放たれる。なぜ、ヒューマン・コロニーに住むヤツらが、そんな物を持っているのか。
そのような思考を巡らせる時間もなく──咄嗟の判断によって、
「……モード。
「──ッ」
手首から“銃口”が生えてきた。……荒唐無稽なことに聞こえるが、実際に俺の視界で起こっていることなのだから仕方が無い。
そしてそのまま、マシナリー少女は、ワルツを踊るように、体を回転させる。その銃口を──建物の“影”へと向けたまま。
そして──しばらくして銃撃音が止んだ。
「……急すぎるんだよ、色々と」
「すみません。マスター」
「エリミネーターが来る前に、少しだけ調べるぞ」
そう愚痴をこぼす俺は、暗がりへと移動して、ドールの殺した人間の姿を見る。見た目は……至って普通の人間だ。手に握られているのも、普通の拳銃。
あいにく下層に縁の無い人間なので、こいつらから恨みを買うようなことをした覚えも無い。
一体全体なんなんだ。……そうぼやきながら、あることに気づく。死体の身につけている服。血が付いていてよく見えないが、そこにはあるワッペンが付いていた。
そして最悪なことに──そのワッペンに施された意匠に見覚えが──。
「──マスター」
──気づくのが遅かった。こいつらは──ただの下層の人間じゃない。俺は後悔した。……あらゆる状況に対応してきた
マシナリー少女の姿を見る。傷跡は無い。外部からの損傷を与えず、機械の電源を落とす方法……そんなものは、一つしか無い。
「EMP弾……か──っ!」
──
高尚な武器に、備考技術。まるで訓練された傭兵のようなスキルを持っていた理由がこれで分かった。
「──ッ」
そして──いつの間にか背後に居た“人権管理委員会”の構成員……それが持つ銃のマガジンで殴られた俺は……その薄れ行く意識の中で──
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