4.感情データ──勇気
リーブラの裏路地で出会った“情報屋”。俺と
ぎぃ、と軋むドアが開かれ、中へと通された。内装は……まぁ至って普通のバーだ。ただ、リーブラの外と比べると少しリッチな感じはある。
全体的に木目調のデザインで、どこか温かみを感じるインテリアもあり、居心地は悪くない。……と。
「ほら、まずは飲みな」
情報屋……もとい店主が、バーのカウンターに座る俺とドールへ酒を出してきた。メモリではない。本物の“生”の酒だ。
「こんなもんをどこから仕入れてるんだか」
「ここのルールは、互いに詮索をしないこと、だろう?」
「……あぁ、そうだったな」
俺はグラスに口をつけて、少しだけその液体を飲んでみた。味も舌触りも本物そっくり……いや、本物なのだが。
メモリによる栄養摂取は便利だが、こういう事になるのが微妙だな。
「……んぐっ……ぐっ」
と。そんな俺の横で、
「で、あの変なヤツらは誰なんだ? これぐらいなら聞いても良いだろ?」
「……あー? 聞いても楽しいもんじゃ無いぞ? ただの“傭兵”さ。こんなご時世だからな」
傭兵だと? 見るからに人間にしか見えなかったのだが……。まぁそれは置いておくとして、だ。俺は、横から酒を“補給”する音を聞きながら、情報屋のオッサンへ話を振る。
「……これを探してる」
俺はコートのポケットからあるメモリを取り出し、カウンターの上に置いた。情報屋はそれを見て、少しだけため息をついてから、手の甲にある“ポート”へとそれを差し込む。
「ほぉ? お前さん、遂に一攫千金を狙うようになったのか」
「……依頼だ、依頼」
「おいおい、また面倒なモノを持ち込みやがって……」
俺が渡したメモリの中に入っているのは、
一応、依頼主が“パンダ”であることは伏せるようにしてある。
ひとしきりデータを閲覧したのか、手の甲からメモリを外して俺に返してきた情報屋は、
頬をポリポリと掻くと口を開き始めた。
「ひとつ、心当たりがある。“ヒューマン・コロニー”からここへ通ってるヤツが居るんだが……」
「人の居住区からここへ来てるのか?」
「あぁ。どうやら警備システムをクラックしてるらしい。自慢げに話してくれたさ」
オッサンは呆れたようなポーズをして、さらに続ける。
「リーブラのセキュリティはそんなにヤワじゃねぇ。それを突破できるほどのウイルスだ。どうせろくでもないモノだとばかり思ってたんだが……」
と。そこまで言って情報屋は、胸ポケットから小さなメモリを取り出した。小型のデバイス──盗聴器とかに使われるタイプのものだ。
この男がそんなものを取り出したと来れば、次に何を言うかは大体察せられる。
「ここから先は有料だ。この情報──買うか?」
「……その為に来たんだ。買うさ……
俺に呼びかけられたマシナリー少女は、いつものように返事をすると、現物──データではない金を店主へ渡す。
「店内の監視メモリにアクセスしました。データでは無く現物の取引を行っているようでしたので」
「……おいおい、怖いな嬢ちゃん。覗き見た方法は秘密にしておくれよ」
情報屋は、受け取った金をカウンターの下へと入れると、俺へ向けて話し始めた。
「じゃ、続きだ。……聞いちまったのさ。その人間が──どこかからデータを盗み出してることをな」
「……どうやって知ったんだよ」
「おいおい、俺は情報屋だぜ? 目も耳も、そこらじゅうに張り巡らせてんだよ」
……このオッサンの話によれば、確かに“パンダ”から“勇気”が盗み出された日時とは矛盾しない。問題なのは……データを盗み出す輩なんて珍しくないって所か。
だが、“上層”ほどではないにせよ、リーブラのセキュリティを突破できるほどのウイルス……そのベースになったデータなんて数えられるほどしか無い。
だが、仮にそれが“勇気”のデータだとしても、アレはただの感情データだ。どれだけ希少で高い価値があるのだとしても、それは変わらない。
そもそも、わざわざなぜ“勇気”のデータを選んだんだ? 他にも──安価かつ“マーケット”で簡単に手に入るデータもあるはず。
「さぁね。そこまでは分からん。だが、そいつは妙に羽振りも良くてな。まぁ──“掃き溜め”へ行けば分かるんじゃないか」
「……要は下層へ行け、ってことだろ? 簡単に言ってくれるよな」
「だが、そのお嬢さんが居れば大丈夫だろ? 多分な」
俺とオッサン、男二人から突然視線を向けられた
「どうかしましたか? マスター?」
「……口に付いてるぞ、オイル酒の泡」
慌てて顔を拭う
溺れる者は何とやら。とにかく下層のコロニーへ行くしか無い。
「で、いくらだ?」
「あぁ、その酒はサービスだ。嬢ちゃんのもな。行ってこい──
「……ったく。アンタに応援されても嬉しくないな。……
マシナリー少女は、“はい、マスター”とだけ返事をして俺の隣へ歩いてきた。と同時に、俺は情報屋の店の扉を開け、外に出る。
暗闇の中へと再び足を踏み入れる俺達……正確には俺へ、冷たい風が吹き付ける。
「それで、どこから向かうのですか? “ヒューマン・コロニー”へは」
「とりあえず街を出るぞ。下層自体はすぐ行ける……人間なら、な」
「分かりました。マスター」
──目指すはアンドロメダ・シティの下層──ヒューマン・コロニー。治安も何も無い、人間が押し込まれている……クソッタレな“掃き溜め”だ。
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