2.鉄と油の街

「なぜこの感情データが盗まれたのでしょうか」


 例の企業……“パンダ”からの依頼に一通り目を通したマシナリー少女、スクラップ・ガールがそう言った。

 依頼書に書かれていた“勇気”という感情データの奪還。それが依頼の目標らしい。


「さてな。だが……」


 俺は手元のコンピュータを操作して、あるサイトへと入る。そこは至って普通のページだが、ある操作をすれば──この通り。


「これは“マーケット”ですか」

「あぁ、その通り」


 それまでとは、外観やら何もかもが異なるサイトへとジャンプした。そこは、いわゆる“マーケット”と呼ばれるアングラな場所。

 販売されてるのも、普通じゃ手に入らないようなものばかり。


 違法データが入ったメモリや、どこかの企業から盗まれた盗品のデータ、挙げ句の果てには“人間”まで売っている。とはいえ、こんな所で売りに出されている人間はマトモな状態で無いため、誰も買おうとしない。


 俺はサイト上部にあるタブをタッチして、メニューバーから“メモリデータ”と書かれた項目を表示した。

 そこに並ぶのは、“生の人間の感情データ”だ。コピー物だろうが、だとしても、こうした生データの類いには高い価値が付く。


 一番安価なのは”悲嘆のデータ”と銘打たれた商品。それでも、俺が一生働いても払えないような額がついている。


「……見てみろ」

「すごいですね、これは」


 スクラップ・ガール。こいつの視線の先にあるのは、売りに出されている“勇気”のデータだ。正直、どれだけ稼いでいようが個人じゃ出せないような額になっている。


「なぜ、これほど高いのですか?」

「……さぁな。そもそも市場に出る機会が少ないのか、あるいはデータ自体が貴重なのか……いずれにせよ、“パンダ”が血眼になって探す理由わけも分かるな」


 “パンダ”が提示してきたのは目を見開くほどの額。依頼達成時に差し引かれはするだろうが、それでもしばらく暮らすには困らない金だ。

 しかし──問題がある。


「監視データのログに、特にそれらしい証拠は無かった」

「マスターが見落としているだけなのでは?」

「じゃあ、お前がデータを“読んで”みな」


 俺は監視データのログが残されたファイルをマシナリー少女へ見せる。すると彼女は、その細い指をコンピュータのポートに“入れた”。

 と、同時に、少女の目が青く光り、スキャンされているログの文字が淡い光となって瞳から浮き出ている。


 いつ見ても……形容しがたい光景だな。特にコイツは外見も人間そのものと来てるし、こうして機械らしい行いを見ると未だに驚くことがある。


「スキャン終了。確かに怪しいデータはありません。マスターの言った通りですね」

「だろ? たまにはその“マスター”を信用しろ、っての」


 だが、どうしたもんかね、一体。コイツに読めないデータがあるとも思えないし、だとすれば完全に手がかりがない。

 そんな頭を悩ませる俺の隣へ、マシナリー少女が歩いてきた。


「見つけました。データの経路です」

「……は?」


 データの経路だって? さっき“怪しいデータ”はありませんって言ってただろ、お前。


「はい。ですから電脳熊猫有限公司のサーバーに入ってきました」

「……おいおい」


 アンドロメダ・シティでも指折りの大企業の“パンダ”。……一応聞いておくが、侵入した痕跡は残してないんだろうな?


「はい。もちろんです、マスター」


 ……マシナリー少女は自信ありげにそう告げた。バレたら殺される……レベルじゃ済まない事をしている事実に肝だけで無く全身が冷えるが、手がかりを失ってどうするべきか迷っていたのも事実。

 相変わらずオーパーツみたいなヤツだが……今はそれは置いておくとして、だ。


「で……どこに転送されたんだ? そのデータ」

「一瞬だけ“偽装”が剥がれたようです。なので経路は分かりませんが……」


 そう前置きして、彼女は続ける。


「転送先はどうやら、ここよりも更に下……下層の人間の居住区へと向かっているようです」



 鉄とオイルに支配された街、アンドロメダ・シティ。季節の影響をもろに受けるここでは、夏は焼けるように熱く、冬は凍えるように寒い。

 巨大なドーム状になっている街の中だというのに、コートを着込まなければ外も歩けないというのは案外面倒な物だ。


「マスター、大丈夫ですか」


 俺の横を歩く機械少女が話しかけてくる。コイツ自身は機械であるので、別に対して着込む必要も無いのだが、いろいろな事情もあって一応ロングコートを着せている状態だ。

 なぜなら。


「おい。あんまり外で声を出すな。ここらは……“人間”が多い」

「はい、マスター」


 事務所の窓から見える街。そこを俺とマシナリー少女は歩いている。ここの階層は“中層”。業務用ロボットと出稼ぎに来る人間が混ざり合う、混沌とした場所だ。

 ……人間はこの街じゃ、家畜のような存在。感情データを生み出す“資源”の価値が唯一認められて、アンドロメダ・シティへの居住が許されている。


 街の外へ出るよりマシだが……それでも虐げられる人間にとって、ここに流れてくる機械は腹いせの対象。今歩いている繁華街も、少し裏路地へ入れば、腹いせに壊されたボロいロボットのスクラップが落ちている、といった様相。


 ここじゃあ、ロボットは“敵”そのもの。だからこそ、アイツには大人しくしてもらわないと──。


「──おばさん、この果実のデータを二つください」

「……あらあら、かわいいお嬢さんだこと」


 ……目を離した隙にこれだ。スクラップ・ガールは、いつの間にか道沿いの露天へ顔を出してメモリデータを買っていた。

 お世辞にも綺麗とは言えない見た目の店構えだが、店の主は温厚そうな雰囲気を醸し出している。


「──あぁ、すみません、俺の連れなんです、コイツ」


 俺は急いで、マシナリー少女の元へ向かい、店主と少女の間に割り込む。幸いにも──この機械少女の見た目は年頃の女性と同じというのもあり、ごまかすのはそれほど難しくは無い。


「おやおや? こんな街でもお熱いことがあるもんだねェ」

「……何か勘違いしてませんか」


 そう言った俺へ、店主が黄色のメモリを二つ渡してくる。おい、スクラップ・ガール。いつ支払いを済ませたんだ、お前。……ほんと、自由気ままなヤツだな。


「ありがとう、おばさん」

「お嬢さん? こちらこそ、どうもありがとうねェ」


 そんな機械少女と店主のやり取りを聞いて、俺はそんなことを思っていた。……と。腕時計を見ると、意外と時間が経っていることに気がつく。

 ここで油を売ってる場合じゃない。行くべきところがある。


「……どこへ、でしょうか?」

「あー、それはだな」


 再び俺達は歩き出す。店主のおばさんに手を振られながら。そのまま、少し露天から離れて本来のルートに戻った時、俺はスクラップ・ガールへと告げた。


「──協力者。この街に詳しいオッサンの所へ、ちょっとな」

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