生憎あかつき花筏②



 もとい――彼女の


 彼女の価値、つまりは彼女の魅力だ。

 まずは匂い。

 心の優しい人特有の、我慢の酸い匂いがした。 


 次に、腰まで伸びている、荒々しくも凛々しき白銀色のロングヘア。

 いっその事ひと思いにんでしまいたいという僕の中にある獣の本能の誘惑に負けそうになる。


 しかし何よりも人目を引くであろう美点は、最奥さいおうほのかなうらみのほのおが妖しく揺れている、この上なく深くくら金色こんじき混じりの美しきウルフアイズだった。


 穴だらけの襤褸ぼろを羽織り、都会の路地裏にて、ひそむような居様で、袋の底に僅かに残るかてを握りしめては口に放り次々と貪り喰らっている彼女。


 その逞しくも強き横顔は、1秒ごとに一際強く小さな僕の心を引き寄せてゆく。


 本当に、魅力的だった。

 こんなにも素晴らしい人に出逢ったことなど生まれて1度もないと断言出来るほどだ。


 僕は、勇気を出して彼女に声をかけようと試みた。が、次の刹那、「――では!」と、とてつもない大声が辺りに響き渡る。

 その声の大きさに至極驚いた僕は、思わずその場で小さく飛び跳ねてしまう。

 そうして恐る恐る周囲の確認をした。

 どうやら、大声の元は表通りのビルにある大型ビジョンのようで、討論番組で男性出演者が発した大声がこの暗冥な路地裏までも届いたようだ。なんて傍迷惑な。

 しかし男性は、続けて述べた。


「コホン。で、では、現在のこの超超超格差社会は真の平等社会という事を仰りたいのですね?」


 白々しい言葉に呆れ、僕は思わず鼻を鳴らす。


『人間って存在もんは、どうしてこういちいち何かにつけて言い訳が必要なのかね。是が非でも全てに理由を探さぬと生きてはゆけないたちの生き物なのかしら』


 ともあれ、彼らにとって《正義側でいること》は、かなりの価値を持っている事柄のようだ。


『いや、価値観はそれぞれだ。僕には関係ない』

僕は、そう自分に言い聞かせ、狭量であった心を速やかに律し『それより、あの人だ――』と呟き再び路地裏の女性を見つめた。

『ずっと探していたんだ。僕を捨てたりしない、をしない、強くて綺麗な心の人を』


 今度こそ、と、僕は急いで天女に駆け寄る。

 そうして、「ワン」とひと鳴きし、彼女の襤褸の裾をペロリとひと舐めした。


「は? 柴犬? 凄い汚れ! 嫌、嘘、最低!」


 僕に気付いた彼女が、酷く驚く。


 直後に、老いて節榑ふしくれ立った手で僕の首をしっかりと鷲掴わしづかみにした。

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天地無用のProtest song 三日月月洞 @getudou

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