【ショートストーリー】幽玄の結い橋

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】幽玄の結い橋

明治の残照が色褪せる頃、東京の片隅で、一軒の古びた茶屋がひっそりと佇んでいた。その茶屋には、謎多き舞妓、菖蒲がいた。彼女の舞は、見る者を幻想の世界へと誘い、その美しさは月の光さえも羨むほどだった。


一方、同じ町に、若き画家の梓がいた。梓は菖蒲の舞に魅せられ、彼女を画布に描くことに心血を注いでいた。しかし、二人は身分の壁に阻まれ、なかなか心を通わすことができなかった。


ある月夜、梓は菖蒲にひそかに会いに行った。


梓(菖蒲の手を取りながら):

「あなたの舞は、私の画を超える美しさです。しかし、それを描けば描くほど、あなたへの想いが募るばかりです。」


菖蒲(目を伏せて):

「梓様、私たちの身分は違います。この想いは、夜空の星のように、遠くて触れられないもの...」


彼女の言葉に、梓は苦悩の色を浮かべた。


梓(切なく):

「では、せめてこの一夜だけでも、お前の舞をこの目に焼き付けさせてくれ。」


菖蒲は一瞬ためらった後、静かに立ち上がり、梓の前で舞い始めた。彼女の舞は、夜の帳に星が瞬くかのように、梓の心に深い感動を刻み込んだ。


しかし、二人の幸せな時は長くは続かなかった。菖蒲には、もうすぐ嫁ぐべき許嫁がいたのだ。そして、梓は病に侵されていることを彼女に隠していた。


菖蒲(涙をこらえて):

「梓様、私には言わなければならないことがあります。私はもうすぐ...」


梓(静かに微笑んで):

「私もだ、菖蒲。私の時間はもう長くはない。だが、お前の舞は永遠に私の中で生き続ける。」


彼らは知っていた。この恋が悲劇で終わることを。しかし、その一瞬の美しさは、何物にも変えがたい宝物だった。


数日後、菖蒲の許嫁が菖蒲を迎えに来たとき、梓は静かにこの世を去っていた。彼の最後の作品には、舞い踊る菖蒲の姿が、生命力に満ち溢れて描かれていた。


菖蒲(絵の前で):

「あなたは私と共に、この絵の中で永遠に生き続けます。私たちの愛は、時間を超えた芸術となって。」


月夜に照らされた茶屋の一室では、梓が描いた菖蒲の絵が、静かにその輝きを放っていた。二人の愛は叶わなかったが、彼らの魂は絵と舞に宿り、明治の夜空の下で、耽美な悲恋の物語として語り継がれていくのだった。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ショートストーリー】幽玄の結い橋 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ