第54話 プリミティブ・ダンサー


「お嬢……Dr.喜島連れてきたヨ……」


「やっと仕事おわたネ……」 


「ご苦労様。Dr.喜島、例のものの首尾は?」


 の裾を引きずりながら闇の中からDr.喜島が進み出る。


 眼鏡の奥に視線を泳がせながら、Dr.喜島はおずおずと口を開いた。


「お、大方完成はしているものの……ま、まま、まだ細かな点で微調整は否めめめめない……否めないがバイオフィルムのけけ形成過程で生じる副産物がががが……受容体に結合するという予期せぬセレ、セレ、セ、セレンディピティのおかげで……フェイズⅣを省略することが可能になり……い、い、い、いよいよフェイズⅤへのカウントダウンが開始したと言っても過言ではなく」




「つまり?」


 低い声で黒華ヘイフォアが言うと、Dr.喜島は我に返ったように首を何度も縦に振った。


「はい……もうは必要ないかと……」


「これであの馬鹿から解放されるネ……」

 

「お嬢の苦労が実ったヨ……」

 

 二人の忍は両手を広げて首を傾げながら言い合った。

 

「そうね……オカマが勝ったのは予想外だったけど、お陰で手間が省けたわ……帰るわよ。我等が真の主様の下へ……研究成果と新たな勢力の誕生を報告しなければ……」



「御意のままに……」

 

 黒衣に身を包んだ者共は、こうして人知れず街の北へと消えていった。



 それに反してオカマザムライ一行が投じた青龍商会打倒の一石は、NEO歌舞伎町に大きな波紋を引き起こすこととなる。


 その報せは街の暗がりを駆け巡りツワモノ共の耳に届き、様々な思惑が音もなく動き出す。



 しかしこの時、当の金ちゃん一行は、そんなことは露とも知らない。


 この一件が、やがて神聖大和さえも呑み込むほどの大きなうねりとなっていくことなど、金ちゃん達はまだ、知る由もない……



 ⚔

 

 

「いただきます」

「いただきます」


 静まり返った屋上のあばら屋にさくらと金ちゃんの清廉な声が沁み渡った。


 丸いちゃぶ台の上には香ばしい薫りを放つ ”菜の花の胡麻和え”、鮮やかな緑が映える ”菜の花の味噌汁”、艶やかなが魅惑的な ”じゃがいもと丸こんにゃくの煮っころがし”、そして土鍋で炊かれたツヤツヤの白米には、恒例の”おこげ”がアクセントに添えられている。


 同時に伸ばされた箸が、こんにゃくの上で火花を散らした。


 睨み合いながら金ちゃんが言う。


「やるわね……オカマ流の箸さばきについてくるなんて……」

 

「毎日毎日、メインを盗られてらんないからね……!!」


 二人は互いの気配を探り合いながら次々とおかずに手を伸ばしては白ご飯をかき込んでいく。 


「そんなことより、今日はとうとう初仕事でしょう? あんた大丈夫なの?」


「問題ないし! ちゃんと準備してるし!」


 ポリポリとたくわんを頬張ってさくらが答えた。


「そっちこそ準備出来てんの?」


「何の準備よ? 生意気娘!!」


「だって……」


「こんにゃくいただき!!」


「あぁぁあああああ!? ずっるい!!」


戰場いくさばで隙を見せることなかれ……ごちそうサマンサ〜!」



 そそくさと食器を下げて洗い物を済ますと、二人は屋上に出て茣蓙ござを広げる。

 

 帰ってきて以来、出かける前の座禅と精神統一が日課になっていた。

 

 きんちゃん曰く傷の治りが良くなるらしい。

 

 すっかり傷が癒えた今でも続いているこの日課は、いつしかさくらの密かなお気に入りとなっていた。

 

 

「行くわよ」

 

 その声で目を開けると、ウンコ座りのオカマが目の前にいて、さくらは思わずため息をつく。 


「最低……」

 

 そう言いつつも大きな背中におぶさると、侍が颯爽と宙を舞った。

 

 

 

 ⚔

 


 

 

 夕闇が訪れると、あちらこちらに明かりが灯る。


 喧騒が徐々に膨らむ中、ミッドナイト・ルージュのバックヤードではママが喝を飛ばしていた。


「いいかい!! 今日から新装開店だ!! 今までとはわけが違うよ!? これは戦だ!! 覚悟を決めろ!!」


 祈るように手を組み、ママを見つめるスワン達の目は星屑のように輝いている。


 さくらもパーカーのポケットの中でこっそりと手汗を握りしめていた。


「バーテンとボーイも確保した!! プリマの準備も出来てる……!! 野郎ども気合入れて稼ぎな!!」




「はい……!!」

 

『OPEN』


 ミッドナイト・ルージュの窓に青とピンクのネオンサインが輝いた。

 

 さくらが撒いた電脳広告は予想外に好評だったらしく、開店待ちしていた沢山の人がOPENと同時に店内になだれ込んで来る。

 


「ヤバいヤバい!! すごい人よ……!?」

 

「いやーん……アタシおしっこ漏れそう!?」

 

「どうしよ〜!? でもあの人イケメンじゃな〜い!?」


 舞台袖から覗き見ながらスワン達が悲鳴をあげる。



 バーカウンターの奥では黒澤がひっきりなしにドリンクを作っており、フロアではママとさくらと鰐淵が盆に乗せたウェルカムドリンクを配っていた。


 頃合いを見計らってママがさくらに耳打ちすると、さくらはコクリと頷いてDJブースに引っ込んでいく。



 店内に流れていたBGMがさり気なくフェードアウトしていくと、オーディエンスからはあちらこちらで悲鳴や歓声が湧きあがった。

 

「落ち着けあたし……集中……」

 

 さくらはヘッドホンを耳に当てると、インカム越しに囁いた。

 

「いくよ……」

 

「いつでもOKよ……」

 

 突如店内が暗闇に包まれた。

 

 ざわめきが巻き起こった次の瞬間、舞台の中央に一つだけスポットライトが花開く。

 

 皆の視線が集まる先には、屈んで片足を真っ直ぐ伸ばし、自身の身体を抱きしめるオカマザムライの姿があった。


 

 いつもよりもくっきりと施されたメイク。


 憂いと強さを宿した目元。


 赤く塗られた唇。


 その妖艶さにオカマであることも忘れて、人々は見入ってしまう。


 

 ドーン……ドーン……ドーン……

 

 さくらが音響を操作すると、低いピアノの伴奏が暗闇に響き渡った。


 やがて黒人歌手の伸びやかで切ない歌声がソウル・ミュージックを奏で始める。

 


 それに合わせてゆっくりと金ちゃんがスポットライトに向かって手を伸ばす。

 

 神に救いを求める咎人のような姿に人々は思わず息を飲んだ。


 

 曲に合わせて、床を転がり、悶えるように踊る姿に見る者の胸が締め付けられる。


 すると金ちゃんはまるで見えない糸に引かれるように、ゆっくり、ゆっくりと立ち上がっていく。


 爪先立ちになり、片足を天に真っ直ぐと向けると曲調が一転して激しくなった。

 

 駆け出した金ちゃんをスポットライトが追いかける。

 

 宙を舞い、両足を広げ、力強く回転する様は、先程までの悲劇的な踊りが嘘のように生きる力に満ちていた。

 


 繰り広げられる見たことのないバレエに観客たちはいつの間にか拳を握りしめ、息をするのも忘れてしまう。

 

 激しさを増していく曲と移り変わる光模様、それに合わせて舞い踊るオカマザムライ。


 さくらと金ちゃんが織りなす景色を、ママは客席の奥で眺めながら一人満足気に頷いていた。

 


 金ちゃんは再び舞台の真ん中でスポットライトに手を伸ばした。

 

 曲の最後の一小節が終わっていく。

 

 同時に光が細くなり、辺りが闇に包まれていく。

 

 舞台が暗転すると同時に、拍手と歓声が会場を包みこんだ。

 

 

「上手くいったね……!」

 

 インカムでさくらが言うと金ちゃんが返事をする。

 

「ふふん。まだまだこれからでしょうが!? さくら! ご機嫌なやつを頼むわよ!!」

 

「ラジャー」

 

 さくらは照明を全開にすると、今度は爆音のHIPHOPを流した。

 

 黄金に輝く舞台に金ちゃん含むスワン達がガニ股で現れる。

 

「アゲアゲでいくわよ〜!?」

 

「もうビンビンなんだから!?」

 

「抱いてぇえ〜〜!!」

 

 ズンズンと鳴り響くリズムに合わせてガニ股のスワン達が腰を突き出し前に進み出る。

 

 ミラーボールが煌めき、褌一丁の鰐淵が和太鼓を抱えて舞台に登場し、竹笛を高らかに響かせる黒澤がタップダンスを披露すると、会場のボルテージは一気に最高潮に昇りつめた。


 こうしてミッドナイト・ルージュの新装開店は大成功を迎え、えんやわんやの馬鹿騒ぎは、空が白むその時まで繰り広げられるのだった。

 

 

 

 ⚔

 


 生意気娘と漢女侍オカマザムライ……!!

 

 二人の出逢いはあれよあれよと言ううちに……!!


 流れ流され、新たなえにしを産み出し候……!!

 

 十人十色の魂は、交じり合わさり、どうなることか!?


 紡いだはたは錦に光るか!?


 それとも混沌カオスに染まるのか!?


 何やら背後で渦巻く陰謀……


 漢女と少女の明日の行方はこれ如何に!?


 しかししかーし…… 


 此度のお話はこれにてお仕舞い……


 気になる続きは……


 また今度……!!



 第一幕……!!

 

 これにて閉幕ぅぅうううう〜!!

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黄金魂〜ゴールデン・スピリッツ〜 深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化! @mumusha

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