第24話 倫理観

『もいでやるもいでやるもいでやる……』


「しかし、何であそこまでキレてるんだろうな……?」


「何でも相手の男は既婚者なのを隠していて、それで恨まれていたらしいよ」


「最悪だな」


「まぁ平定のほうも既婚者でダブル不倫だったそうなんだが」


「最悪ですね」


 不倫を疑う奴ほど浮気癖があると聞いたことがある。


 自分がやっているから、相手を疑うんだろう。


 そのくせ、相手を非難できるというのだから、図太い神経だ。


 そう考えると、幽霊なんてあやふやなものではなく、そこらにいる人間らしく感じ、恐怖がまた薄れて来る。


「倫理観のない人間なんてそんなものさ」


 霊子がフッと、どこか陰のある溜息をもらす。


「いつになく哲学的じゃないか」


「いいや統計学もどきさ」


「懲りずにイチャついているところ悪いのですが、解決策に繋がっていませんよ」


「イチャついちゃいないが、確かにな」


「何かいい案はあるかい?」


「びっスパが効けば話は速いのですが。なぜ今回は効かなかったのか……うーん」


 両手で頭をこねくり回して考え込む委員長。


 腕を上げる度に裾が引っ張られて大事なところが見えそうになってヒヤヒヤするが、わざとやってそうな気もするので、なるべく見ないようにする。


「その……本当に効いてたのか? そもそも見間違いで幽霊自体いなくて、柳の木に向かってケツ叩いてたとか」


「失礼ですね。そのくらいの見分けはつきます。本当にこれまでは撃退できていたのです」


「その言葉を信じるなら、おそらくだが、意味不明な行動をとることで、相手の思考を混乱させていたのだろう。空間の焼き付きに過ぎない幽霊は、いわば極単純なプリント基板のようなもので、その情報処理能力は貧弱だと考えられる。成功時というのは、処理できない情報を流し込まれ、パンクしたことで、存在を維持できなくなったのだろう」


 そんなメダパニじゃないんだから……。


 だが、思考が単純なのは、いまだにドアを叩き続けていることからもわかる。


 それを乱すというのはアリか?


「ではなぜ今回、通用しなかったのでしょう?」


「ダブル不倫の逆恨みの件を鑑みるに、自己中心的な性格だと思われる。相手の心情を推し量ろうとしないタイプなのだろう。だからそもそも斟酌に処理に回してないんだ。ゆえにパンクしようがないと考えられる」


「なるほど……びっスパも相手によるということですか。少し安心しました」


 何を安心してるんだ。


 コイツ、絶対また他所でやる気だろ……。


「いずれにせよ、扉の向こうの御仁には通じない以上、5Qを取りに行くしかない。だがそのためにはドアを開ける必要があるね」


「ここに朝まで籠城するって手もあるんじゃないか? 幽霊ってのは朝は出ないもんだろ?」


「朝と夜で目撃例に有意差があるのは確かだね」


「では、籠城ですか。しかし、男子高校生と女子二人が密室で一夜となると、帰りは五人ということもあり得ますよ」


「どういう比喩だ! 手なんか出さないから安心しろ!!」


「断言されるのは不愉快だね!」


「全くもって同意です。なかなかの肉体を構築したつもりですので、全く劣情を覚えないと断言されては沽券にかかわります」


「じゃあどう答えればよかったんだよ!?」


 と、そんなアホなやり取りをしていて、ふと気づく。


「……ん?」


「どうしたんだい?」


「音が聞こえなくなってないか?」


「確かに聞こえませんね。諦めたのでしょうか」


 ドアを叩く音も、怨念の叫びも消えている。


「死亡時に空間に焼き付いた残像が幽霊であるなら、感情は死亡時のものがそのまま残るはず。諦めるというのは考えにくいが――」


 すぅ、と。


 包丁が、ドアを抜けてきた。

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三色団子布団幽霊博士ガールと全裸委員長と不眠少年 がっかり亭 @kani_G

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