第4話
愛は外に出るとざっと周辺を見回した。あたり一面緑色が広がるだけで、人の気配もない。心の中で昼間でよかったと思った。夜だと祭壇の事もあって怖くて外を歩けないだろう。
「あ、愛先輩に連先輩」
後ろから草を踏む音が聞こえる。振り向くと家の後ろ側に居たのだろう、少しは顔色が良くなった和樹が立っていた。
「和樹君じゃない。もう大丈夫なの?」
和樹は静かにこくりと頷く。
「お二人はどこへ?俺はあのボロい小屋を見に行こうかと思ってます」
「そうなんですね、中には誰もいなかったのでいいかもしれませんね。僕たちは例のスポットで探そうかと。あそこの草は意外と背が高いですから…」
「ああ、そうだったわ、荷物があったからここに来てたのはたしかよ。車がないからもしかしたら買い物かもしれないから、帰ってきたら教えてちょうだい。スマホ持っているから」
「はい、わかりました」
そう言って和樹は綺麗にお辞儀をして走って小屋に向かった。
ここへ来て何度目のため息だろうか。愛は無意識にため息をついた。連絡もとれず、ここに来たのに誰もいない。鍵の開いたままの怪しい家。誰もいないと分かっていても勝手にキョロキョロとあたりを見回した。
「大丈夫ですよ…愛さん…」
連が自分にも向けて言ったその言葉は頼りなく、ただ静かに消えていった。
愛と連はそれぞれ170センチと185センチで背が高いと自覚していたが、それ以上に草は高かった。外から見ていた感じではお腹あたりと思っていたら、地面がこのあたりだけ低くなっていて実際は胸まである。
少し湿っているのか、踏むたびにぐにゃっとしていてあるきにくい。愛はそれに慣れていないので顔をしかめた。
コケないように慎重に草をかきわけ足を進めて行く。草が肌を撫でていく。
2人は心の中で虫除けスプレーを持ってきたら良かったと後悔した。顔の高さでは虫は見えないがなるべく口呼吸はしたくない。話すのも抵抗がある。
やっと真ん中まで辿り着くと見に来る人たちに草が多少切られているのか、かきわけやすくなった。腕や手の間をすいていく草の量が軽く、少なく感じる。
この辺りは過去にミステリーサークルがあったという事らしく、たしかにそれらしく葉は生えている。がそれ以降はないとの事なので人工的に切られたり踏まれて地面になっている草もある。
意外と広いこの場所は──いや歩くのに時間をかけすぎたのもあるが、サークルがあった場所に着く頃には随分と時間が経っていた。
───
和樹はボロボロの小屋の中を覗き見ると誰もいない事が分かっていても違和感を探るために中に入った。
人の物を壊すのはまずいので物には触れず、軽く見ていく。
これがアンティークという物なのだろうか。アニメやドラマでしか見ない物ばかりだ。
ふむふむと見ては歩き進めていく。小屋は広くないのですぐ奥になるのだが、奥には本が置かれていた。雑誌は床や小さいテーブルに置かれているのに、小説らしき本はきちんと棚にしまわれていてその基準が謎だ。
何が違うのだろう、と軽い好奇心で雑誌を開き読むが昔の車の雑誌でなんら変わりはない。ただ英語なので何が書かれているか分からないだけだ。
なぜか1番下にある本をしゃがんで取り出して、そのままパラパラと軽く読んだ。こちらも他の本と同じでなんら変わりはない。取り出す時に上の段に座っているおもちゃみたいな人型の骸骨が邪魔なくらいだ。
変なの、と思いながら本を直すと骸骨から、地獄の門を開いた、と低い男性の声が聞こえた。最初の一瞬は驚いたが和樹は、気のせいだろ、と思い続きを始める。
「読んではだめなんだ…門が開く…」
疲れてるのかな、なんて色々と考えを巡らせ怖さを紛らわせ本を入れるがなかなか入らない。床に伏せ中を見ると炎が燃えておりたくさんの人が入れ替わりこちらをのぞき込んでいた。
「…!!」
心臓が飛び跳ねると同時に体も起こした。はっはっと口で息をする。息を止めていたかのように苦しい。
これは長い時間、車で疲れて幻覚や耳鳴りが聞こえているんだ。UFOだって本物は見てないし、テレビの心霊だって仕掛けがあってヤラセばかりだ。これだって何か仕掛けがあるに違いない。医療や科学を知らないから本物だって勘違いしてしまうんだ。
必死でそう考え落ち着かせるが目の前で体験したものはそうそう消えてくれない。家に人が居るのを思い出すと本のその場に捨て、家の中へ走った。
───
ミステリーサークルだったらしきところをおおよそぐるりと歩いてみたが誰も居なかった。その際2人で間隔を開けて名前を呼んだりしていたが何も返事は来ない。倒れてるのかとも思っていたが、自然が発する音しかなく不気味なほどに静かだ。
通知がないかとスマホを軽く見てみるがそれもない。
それでも諦めきれない2人は黙って、ふた手に別れて見ていない場所をかき分けて歩き進めた。
ある程度進んだ頃からか、愛は焦っていた。意外と足を取られて、おまけに探すのに集中していたせいか、いつの間にか胸までだった草が頭より上に来ていた。
「れ、連さん!?」
と叫ぶ声は簡単に溶けていく。
けどその焦りはすぐに消えた。誰かに手を軽く引っ張られて、それは怖いものではなく安心できるものだとすぐに理解した。いや、幽霊と相性が良かったとも言えるのだろう。不安や恐怖がすっと消えたのだ。
その手は、視界には入っていないので感触しかないが、その子供の手は凄く安心する。それは本来は他の人から見れば異常な事だが彼女には分からなかった。
怖いという気持ちも何もなく、自身が死んだという事にも気づかず、ただ案内されている。向こうに行けば元いた場所とは違うので気づくはずの事も気づかず。
家族を探していた事も忘れて。
「…あ…」
右足が上がらずにコケかけたので下を見てみると靴紐がほどけていた。ちょうど足も疲れていたので休憩がてらゆっくりと靴紐を結ぶ。
夏で草むらだというのに地面にも虫が居ない。
はあ、と言いながら膝に手を置いて立ち上がる。向こうはどうなっているかと思って見てみるが自分1人になっていた。
「愛さん?」
と試しに言ってみたが返事どころか音もなかった。向こうはもしかしたら見終えたのかもしれない。連は続きをするために草をかきわけずに歩いた。
端まで着いたら隣に大股で一歩進み反対の端まで歩く。
見る分をすべて終えるとそこからまた歩き始める。
靴紐を結んでいたところまで戻ると、倒れている自分の頭の先でまた踵を返し繰り返す。家族を探す事だけを覚えていて自分が何をしているか分かっていない。連は誰に殺されたかも死んだ事も分からずずっと探し続けた。
Death invitation ゆめのみち @yumenomiti
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