第3話

「うわ、ほんまになんもないやん」

 そう言うタイロンの独り言に対し、助手席に座ってた和樹は、…すねと言った。

「…ぼく、水飲まないでおこ…ボットントイレの確率高そう…」

 目的地の道を走るにつれ、皆は口数も減り遠い目になっていった。

 テレビなどで楽しい田舎生活!という話を聞いたりするが、こんなに何もない場所では楽しくなさそうだ。人も居ない、家らしきものはあるが住んでいるとは限らない。野生動物も住まなさそうな家だ。道も整えられていないから車の揺れが凄い。この道を自転車や歩く事を考えると身震いがした。

 タイロンと和樹と檸檬は今まで車酔いをした事はなかったが、今回ばかりは吐かないようにするのに必死だった。心臓が早く動いて頭が詰まる感じがする。

 この地獄はいつになったら終わるのだろう。



 門の前の道に車を停める。それぞれ車から出ると背伸びをした。外の空気や開放感が心地いい。

 さて荷物を取ろう、としたとき和樹は口を押さえて道を戻った。

 それに気づいた連は持ってきていた白湯さゆを入れた水筒を鞄から取り出す。

「皆さんは先に行っていてください。僕は彼を待ってます」

 出した水筒を胸元まで持ち上げ軽く揺らす。

「分かった!先に中に入って探してくるよ、連」

 凛がそう言い終えるとインターホンを鳴らした。誰も出る気配がないので何回も鳴らすが、家の中の電気すらつかない。4人はその静けさから少し恐怖を感じた。1つ1つが疑いや恐怖を生み出し、それらを無視していてもチクチクと胸を刺す。

 これ以上続けても意味がない、そう思い中へ入った。

 日本人からしてみたら家もとても大きいが、それ以上に庭が無駄に広い。小さいボロボロの小屋以外は何もないので酷く物寂しく見える。

 柵の外側は相変わらず何もない。この隣が人気のスポットという事だが、何も特別な所は見えない。ただ他より背の高い草が無造作に生えているだけだ。

 凛とタイロンは無意識に庭にあるボロボロの小屋から離れて歩いた。後ろを着いて歩いている愛と檸檬も、疑問に思いながら離れて歩く。

 家に着きタイロンが前に出る。後ろを向いて、手を右に横にさっさっと振っている。3人は頷いて右に避けた。

 タイロンがドアノブに手をかける。そのまま動かしてみると抵抗なく回り、扉もあっさり開いた。開いてもすぐ入る事はせず、後ろに引いてから覗いた。中は電気がついておらず薄暗い。中に入ると靴を脱いで玄関すぐの扉を開けた。そこも薄暗く静かで中を覗くと誰も居なかった。

「大丈夫そうやわ」

 その一言を聞くと3人はそろそろと中に入って靴を脱いだ。

「お借りしている人の家の鍵を開けっぱにするなんて…悟司…」

 愛は玄関の扉を閉めてからそう呟く。

「部屋、多そうだからぼく2階見てくる」

「あたしも行くわ」

「私、悟司の宿題をリビングに置いてからタイロン君と探すわ」

 こうして話している間にも目を逸らしていたい不安が強まっていく。



 檸檬と凛はなるべく静かに階段を登っていった。暗さと静けさで、自分の足音でさえ不気味に感じる。

 上に着くと左右に分かれて扉を開けていった。

 どの部屋も誰も居ないが、荷物だけは置いてある。部屋はカーテンが開けられているので廊下よりも明るい。荷物の中を軽く見てみると柚子たちの物だと分かった。

 柚子の部屋だけはベッドの布がよれているだけで他はキレイだ。荷物も荷解きしたままでどれも使われた形跡がない。

 扉は開けたままにして2人は合流して突き当りにある扉を開いた。中はトイレがあるだけで誰もいない。ここも使われた形跡がなかった。どれも新品同様に見える。窓も曇りはなく手洗い場の下の棚を開けて見てみると、封は切ってあるが埃も汚れもなく中身は満タンだ。

「あれ、使ってないのかね…トイレットペーパーも使ってなかったですよね、凛さん」

「…そうだね。よく見ると壁も擦り傷1つない…」

 本当はなにか…犯罪者の巣窟だったのだろうか。

 檸檬は深呼吸をしてその考えを飛ばした。きっと、この家を大事にしているのだろう。

 凛が、ふうっと言ってタオルで汗を拭った。真夏なのにエアコンも何もつけていないので暑い。水筒を取り出しお茶を飲むが、飲むはしから蒸発していってるようですぐにからになった。

「もう一度軽く見てから下にいこっか」

「ですねえ。ぼくもお茶がなくなったから下に行って水道水を拝借したいです」

 2人はお互い向き合って、はは、と軽く笑って歩いていった。



            ---     

 タイロンは次に近い部屋を開けて中を覗いた。ダイニングだった。中は誰も居ない。奥に見える台所には何も置かれていないように見える。中に進みゴミ箱を見てみるが何もなかった。冷蔵庫も開いて見るが使われた跡はまったくない。調味料も汚れてもなく、シンクが濡れてもいない。

 そろそろ出よう、と台所から出ると愛が入ってきた。

「ここの隣がリビングだったんだけど、誰も居なかったわ。それに物凄く静かだったわ…本当にどうしたのかしら」

「うーん。買い物にでも行っとんかなぁ。とりあえず他の部屋も見てこか」

「……そうね…」

 不安な気持ちのまま階段下の扉を開けた。

「……うわぁ…」

 タイロンは顔をしかめた。この家は昔から貸し出しをしていたので大丈夫だろうと思っていた。が、そうではないらしい。部屋の中にはベッドやデスクなどが簡単に置いてあり、その間に祭壇がある。見た感じ、雰囲気は神様用の祭壇ではなさそうだ。かといって悪魔のようでもない、なにか淀みがある。

「…ねえ、この家って本当に使われているのかしら…」

 後ろで呟く愛の言葉に嫌な感じに胸が鳴った。言われてみればどこにも生活感がない。たしかに建物や外の柵などは汚れがあるし家具も置かれている。けれど、どれもキレイすぎるのだ。まるでモデルルームのように整えられている。調味料は中身が減っておらず、料理をしていたら油がついてベタついたりするがそれもなかった。冷蔵庫の中身も汚れ1つついておらず、食料は少し置いてあったが作り物のようにキレイだった。

 祭壇には分厚い本が置いてあるので、部屋の中に入って見てみると写真が貼られていた。

「…こ、これって…なんや…」

「この格好…ずいぶんと昔のもののようだけどこの時代ってカラー写真なんて撮れたかしら…」

「無理やろ…しかもめっちゃキレイに撮れとる……」

 次々とページをめくって確かめていくと最後のページにはドミニク達の写真が貼ってあった。書いてある数字は弟達が行った日と同じだ。2人はもう死んだ事から目を逸らす事ができなくなった。軽く食べた物や飲み物がこみ上げてくる。意識をそらしてくれたのは他の人の物音だった。

 連さん和くん調子どう?など色々と聞こえてくる。

「しばらくは外を見て周るそうです」

「あとでここの台所借りないとね…あ、ここにいたんだ!ターイ!愛ー!ここに萌花達は来ていたみたい。荷造りした跡があった。けどなんか変なのよねぇ。使ってないっぽい。後誰も居なかったよ!そっちはどう?」

「こっちはまだ台所とリビングとこの謎の部屋しか見れてへん…あぁ…っと…誰もおらんかったし、こっちのも使ってへん感じ。あー…と…」

 チラリと本を見る。まごついているタイロンに変わって愛が、この本を見て、と早口で言った。言った後は吐きそうになったので、吐かないように唾を飲む。3人は部屋の中に入ると、なんとも言えない表情をした。この3人もまた、大丈夫な所だと思って家族を送り出していた。

 祭壇の見た目のせいか、1歩進める度に体が重くなるのを感じる。たった数歩なのに随分と歩いている気分だ。

 やっと着いて開かれている本を見た。瞬間、呼吸も音も全てが止まった。震える手で凛がページを前後にめくる。

 元々うっすらではあるが霊感のある凛には、隠し撮りされた写真ではなく死んだ時の様子が見えていた。死んだのだという事実と、その写真から感じる嫌な気で胸が詰まった。息をしていると思うのに、苦しい。

 タイロンが慌てて本を閉じたのでそれがなくなり、凛は疲れて座り込んだ。体は寒いのに全身が汗でびしょ濡れだ。周りの人達が背中をさすったり、声をかけているのも自分の心臓の音と感触であまり分からなかった。タイロンと連で協力して凛をリビングに運び、ソファに寝かせる。

「ぼく、凛さんと一緒にいるよ」

「…分かった。俺はまだ1階が見終えてへんから見てくるわ」

「よろしくね。檸檬ちゃん。私は例のスポットを見に行ってくるわ」

「では僕も行きます。あそこは地味に広いですし、まだ変質者がいるかもしれませんし」

「ありがとう、連さん」

 そう言ってそれぞれ水筒に水道水を入れて部屋を出ていった。

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