第2話

 朝起きると酷く汗をかいていた。頭からつま先まで気持ち悪い。

 シャワーを浴びようと着替えをもって下に降りた。

「ママ、おはよう。嫌な夢を見て気持ち悪いから先にシャワー浴びる」

「んー」


 あの夢のせいだろうか。流し終えてもさっぱりとしなかった。

 とりあえずその後はいつも通り席に着き食べながらスマホをいじった。柚子から連絡が来ている。

 味噌汁を飲んでからそれを開いてみると、おかしな内容だった。

 メールの内容には、嫉妬で意地悪と書いているが、人間なので喧嘩は当たり前だ。それにぼくだって嫉妬していた時もある。欲しいものを柚子は買ってもらって勝手に食べたりもしていた。でもいつもは仲良しだ。誰よりも近いからお互いに特別な気持ちを抱いていた。誰よりも家族として近い、自分よりも自分の事を詳しく仲がいい特別な家族。

 ぼくが腹痛の時は柚子もそれを感じとって看病してくれたり。いつも姉妹として愛を感じていた。

 だから全文を読んで、柚子は死んだのだと、夢の内容は本物だと思った。

 目の前で、テレビにつっこんだり笑ったりしている両親をチラリと見る。1ヶ月、元気に暮らしていると思ったら実は一日目で居なくっていた。それを知ったら酷く自分を責めるだろう。悲しいなんてものじゃないだろう。柚子の友人の家族だってそうだ。

 内容には夏休みが終わったのに戻らなかったら警察を呼ぶだろう、と書いているがきっとそれは耐えられないと思う。それこそが苦しい原因になるのだと思う。せめて、骨まで燃やされているとしても物は持ち帰ってあげたい。いや、閉じ込められた魂を解放してあげたい。早く居なくなっているのを見つけて今すぐ警察を呼びたい。

 でも1人では行くことすらできない。せめて先輩の姉や兄がいたら。たしか3人のうち2人は霊感があって、1人はUFOや超常現象を信じていたはずだ。

 柚子の友達とはいえ、UFO研究部に入ってないだけで檸檬の友達でもある。そして、相手の家族とも仲がいい。

 圭司の弟と悟司の姉は、家も職場も遠いから後回しとして宗介の兄の家なら近い。先輩方の家族に先に相談しよう。講義がない時はすぐにその人の家に集まって究極のたこ焼きの作り方の研究をしている。ましてや今は夏休みだ。

「…ごちそうさま」

「おや?まだ残っているじゃないか…どうしたんだ?」

「いや…ちょっと…夢のせいか、凄く気持ち悪くて」

 え、と言って母は慌てて体温計を取り出した。

「起きた時汗だくって…まさか…昨日から?寒気はする?」

 母はおでこを触ったり顔色を覗いたりしている。

「全くなにもないよ。大丈夫。気分転換に散歩してくるよ」

「ああ、少し待ってくれ…檸檬、これを持っていきなさい。途中で食欲が戻ったら食べなさい」

 そう言って父は檸檬に千円札を渡した。

 檸檬はありがとう、と言って体温計がなるのを待つ。母は心配そうな顔で檸檬の頭を撫でる。

 自分はなんて愛されているのだろう。そう思った。必ず、解放はできなくても物は持ち帰ってみせる。

 そう決心していたら体温計がピピピと鳴った。特に風邪でもないので平熱だ。母はよかった、と呟いて残りを食べた。

「それじゃあ着替えて行ってくる」

 檸檬はそう言って椅子から立った。



              ---

暑い。汗が服にまで染みて気持ち悪い。ラフな格好にしてよかったし化粧もしなくてよかった。

 ふう、と言って汗を拭く。

 宗介の兄、結城連のアパートにたどり着いた。中から、爆発した!などの声が聞こえるので居るのだろう。

 たこ焼きって爆発したかな?と疑問に思いながらインターホンを押した。騒ぎながらバタバタと走る音が聞こえる。

「はい、どちらさまでしょうか」

「有田檸檬です」

 そう言うと、檸檬さん!と声が聞こえて扉が開いた。

「暑いでしょう、どうぞ中に入ってください」

「失礼します」

 お辞儀をして中に入った。靴を脱いでいると、後ろから形容しがたい香りがしてきた。無限に食べても美味しい究極のたこ焼きの作り方を開発する、たこ焼き同好会に入っているらしいのだが体をなしているのだろうか。窓全開にして!と言ったり何かと慌ただしい。

 そのまま奥まで進み部屋に入る。たこ焼きなのに赤く、ボンっと音を立てている。

「好きな所に座っててください、すぐお茶を出しますので」

 そう連は言うが、先程まで暑さで喉が渇いていたのが引っ込んでしまった。食欲がなかったのもさらになくなる。とりあえずテーブルの近くに座った。

 焼き終えたのか、1つ皿に取りドミニクの兄、タイロンが一口食べた。

「………ま、…うっ…まあ、食べれんでもない…」

 無の表情でそう言った。たまに眉間に皺がよっている。

「…少しだけにして正解でしたね…」

 連がお茶とコップを持ってきて隣に座った。皆、無表情でたこ焼きを見つめている。3人はごくりと唾を飲んで焼けたたこ焼きを皿に移し扇風機の前に持っていき冷ました。

「さ…冷ましている間に、檸檬さんどうされたのですか?」

 異様な空間の中、3人共が檸檬を見た。その中で萌花の姉の凛の表情が変わった。

「も、萌花になにかあったの!?」

 檸檬は少し言葉に詰まったので代わりにコクリと頷く。

「実は昨日の夜、おかしな夢を見まして…昨日から例の場所の近くにお泊りに行ったじゃないですか…そこ、変な場所だったみたいで…その、ぼくもなんて言ったらいいのか分からなくて…昨日のうちに連れ去る?ううん…あの場所曰く付きだったみたいで…」

 しんと静かになった。

「…だからさっきれももの後ろに萌花が居たんだね…挨拶なんかしておかしいと思ったら…」

「ん?どういう事や?なんや死んだわけでもちゃうやろ、2人なんでそんな静かなん?」

「ですよね、凛に檸檬さん、どうしたんですかいきなりそんな」

 檸檬は黙ったまま柚子から送られてきたメールを出して見せた。読み終えると先程より更に静かになった。空気が重く息がしにくい。

「…なんとなくドミニクから嫌な気がしてる思たら…危ない目にあっとんか」

 嫌なその答えにはまだ逸らせたまま考えた。凛もタイロンも霊感は少ないながらにあって幽霊を信じているとは言え、死は突然すぎて見れなかった。

「あ、あの、もし何かあったときのため見に行きませんか…」

「せ、せやな。食料とか困るやろ、ほら、あそこ凄い田舎でUFO見るん断念すんの多いって聞くし」

「そうですね。たしか公衆電話すらないと聞きました」

「じゃ、じゃあ、あたしが車を出すよ。明日さっそく行こう。10時に出るからね」

 うんうん、と死んだことに目を逸らしたままその話は終わった。

「一応、圭くんや悟くんにの兄弟にも連絡してきます」

「じゃあ俺も親に車借りれるよう話しとくわ」

 よし、とタイロンは言って冷ましておいたたこ焼きをテーブルの上に置いた。

「あ、れもも食べる?た、たこ焼き…」

「あ、いえ、急ぐので失礼します」

 お茶を一気飲みして立った。さすがに人のトイレで吐く事はしたくない。改めて、失礼します、とお辞儀をして出た。最後にチラリと見えたのは、変な香りのたこ焼きをお茶で胃に一気に流し込んでいる姿だった。


 明日出発という事だから急いで行かないといけない。圭司の弟の和樹は皆と連絡先交換しているのでまだ良いとして、悟司の姉の愛さんはいつ帰ってくるのだろうか。よく21時に帰ってくる話を聞くからその辺りだろうか。

 これは念の為、親に帰りは最悪11時になるとメールしておいたほうがいいな…。

 檸檬はスマホを取り出し、そうメールすると、すぐに和樹に電話をした。あの子はよく外で遊ぶから出るか分からない。一度で無理なら諦めよう。元々彼は中学生だし、幽霊を見た事があるわけでもなく、圭司のように信じているわけでもない。

 ダメ元でかけていたら、はい、という声が聞こえた。出ないで当たり前、と思っていたので、ひゃい、と返事をしてしまった。目の前に本人がいるわけじゃないが、噛んだという恥ずかしさで顔が熱くなった。

「檸檬せ…で…」

 いつもと違って元気がなく、声もかすれて聞き取りにくい。

「うん、檸檬だよ。その、なにかあったの?」

「いや、特に…」

 鼻をすする音が聞こえる。勘で、圭くんの事?と聞いたら、電話の向こうで彼は声を出して思いっきり泣いた。

 和樹はひとしきり泣いた後、鼻をかみながら、何かあったの、と聞いてきた。

「和くんは何か知ってるの?圭くんのこと。何か連絡が来たりしたの?」

「う、いえ、その…」

「ほら、ぼくたち色々信じてるじゃん、だから言ってみてよ。もしかしたらぼくが話したい内容と同じかもしれない」

「…お兄ちゃんが…人みたいな塊に…落ちて…死ぬ夢見て…それがやけにリアルで…ロープを引っ張っても重くて…手が、お兄ちゃんにめり込んで…」

「え…ぼくと同じ夢見たの?詳しくは違うけど、似たものを見たよ。だから様子を見にぼくと凛さんたちで明日、あの宿泊所に行くん…」

「行く!俺も行く!明日?」

「大丈夫なの?考えているのは明日、柚子たちが行った時間と同じに行くつもり。だから…朝10時に行こうかと」

「分かった、行けるってなったら連絡する!」

 その勢いのまま電話がぶちりときれた。まさか似た夢を見ていたとは思わなかった。ここまで広がっているだなんて、いったい何があったのだろう。ここまで信号か想いを発するというほどの出来事。考えたら手に力が入った。絶対、タダじゃすまさない。幽霊だけじゃなく、門番というのが人間なら警察につきだしてやる。幽霊も、証拠を出してお祓いしてもらう。

 怒りを抱えて考えていたらお腹がグウと鳴った。変なたこ焼きで完全に食欲がなくなったと思ったら、ずっと動いていたから元に戻ったみたいだ。それでも臭いを思い出して何が食べたいか分からない。

 まずは食べたいもの探しをしないと。檸檬は暑い中、飲食店街を目指して歩いていった。



            ---

 ご飯の後、いったん家に戻り時間を潰した。ただ潰すのではもったいないので使えそうな物を旅行用鞄に詰め込んでいた。

 20時になり玄関に向かう。


 余裕を持って出たら予定より早く着いた。電車も快速がすぐに来て、電車を降りたら降りたでバスがすぐに来た。その後歩いていたが、それも足が軽く予定より20分も早い。

 インターホンに手を伸ばしたら後ろから声をかけられた。

「あ、愛さん」

「こんばんは。なにか用?…あ、暑いわよね。中へどうぞ…」

 こちらも心なしか元気がないように見える。仕事終わりだからだろうか。

 失礼しますと言い、靴を脱ぐ。後ろを着いていき居間に着くと、自由に座って、と言われたのダイニングテーブルの所にある椅子に座った。愛はトボトボと歩いて冷蔵庫からお茶を取り出し、コップも持ちテーブルに置いた。コップの七分目まで注ぐと、どうぞ、と言って檸檬の前に出した。

 ありがとうございます、と言ってお茶を一口飲んだ。

 愛は自分のコップを持ってきて椅子に座り、お茶を注いで半分ほど飲んだ。

 コツン、と置くと、向こうはどうなってるか聞いてる?と聞いてきた。

「向こう?ですか?悟くんに何かあったのですか?」

「うん。あの子、まだ終わってない宿題を持っていき忘れたからね…それを連絡したんだけど、メールも電話も返ってこなくて。電話も繋がらないし…あの子、遅くてもきちんと返事をするのに。ねぇ、檸檬ちゃん、柚子ちゃんから何か聞いてない?」

「…いえ。ただ、変なメールが来ただけで…」

「変なメール?」

 柚子からのメールを開いて見せた。

「な、なにこれ、イタズラよね?」

「えっと、わからないです。だから明日見に行こうと思ってます。凛さんたちが車を出すと言うので」

「そう、それ、私もついていっていいかしら。こんなたちの悪いイタズラは叱らないといけないし、宿題も終わらせないとあの子も困るだろうし。いつ頃どこに行けばいいかしら」

「明日の10時には出る予定なので9時にぼくの家に来てください。一緒に連さんの所に行きます」

 分かったわ、と愛は言って残りのお茶を飲んだ。彼女も彼女でしっかりしてて元気のあるお姉さんなのだが、そんな面影は全く無い。心配なのか疲れているのか、全体的にくたっとしている。その姿がずしっと心にのしかかった。

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