第1話 Effort only prolongs suffering

 有田檸檬は酷くうなされていた。

 夢の中で何者かの視点で柚子とその友人を襲うというものだ。最初はただの夢だった。自分の家でペットを飼うというなんの変わりもないただの夢。

 それがいつの間にか、圭司さんを下から見ている場面に変わった。圭司さんは手で紙をめくっている。周りを見てもボロい木でできた小屋という事しか分からない。棚に物が置かれているので物置だろうか。ボロくて役にも立たなさそうな扉が閉まっていてどこだかも分からない。

 自分の中にあるのは起こされたという事。

 圭司さんが、親が子を起こすためにカーテンを開けるように、自分を起こした。

 そして、あるはずのない記憶がなだれ込んでいく。それは思い出したくもない、吐き気と目眩がする程の悲惨な光景だった。

 なんとかしてこの人を連れて行ってあげなくちゃ。なぜかそう思った。記憶の中の人たちとは違うのに、目の前の人が迷子になっている。連れて行ってあげなくちゃ、という気持ちでいっぱいになった。

 ―他の人もいる―。誰かがそれを伝えてきた。この体の人たちは根っこで繋がっている。そう直感した。

 視点は変わらないので圭司さんを見ると、だんだん泣きそうな、恐怖を感じている顔になった。少ししたあと悟司さんが来て圭司さんの肩に手をおいた。

 視点が変わって、久々の外だ!と友達と子供部屋で遊んでいた。周りの子どもたちはガリガリにやせ細っている。

 体は言うこときかない。たまに見える自分の腕が骨と皮だけなのにぎょっとした。手も皮膚も子供の皮膚じゃない。周りの子供もそうだ。ボロボロで歯も抜けている。

 そんな中、久々の外を楽しんでいた。もう怖い事はない。ひとしきり遊んでから、残されたあの人たちを連れていけば良い。そう思った。

 遊んでいると突然扉が開いた。悪い人たちかと思って皆集まって身をかがめた。

 怖い。

 扉が完全に開いて外にいる人が見えた。柚子と萌花さんだった。

 あの人たち、危険な場所に残されてかわいそう。誰かがそう言った。

 そう思う。連れて行ってあげよう、とぼくは言った。

 そうだねそうだねと周りの子どもたちも言ってついていった。各々、柚子の腕をつかむ。が、複数人でしているので転んだりしてできなかった。そうしているうちに柚子が掴まれていた事に気づいた。

 失敗したねー、と誰かが言う。そして誰かが笑うと連鎖して皆笑った。落ち着くと、鬼ごっこしよーと誰かが言うのでじゃんけんをして走り出した。

 また視点が変わり、引きこもって隠れてばかりいる子になった。

 どこか狭くて暗い所にいる。誰かが扉を開け中を歩く音がする。特に何も思わず、ただぼーっと見ていると、また柚子と萌花さんの声が聞こえた。足しか見えないから分からないが、声からして2人だろう。

 心の中で嫌だなぁという感情が出てきた。誰にも会いたくないのに、こんな所まで入ってきて嫌だ。早く出ていってくれないかな。本当は連れて行ってあげなきゃいけないけど、ぼくにはそんな勇気がない。あんな目にあってからというものの、人や外の全てが怖い。

 来ないで、こっちに来ないで…と思っていても会話ができるわけでもないので、萌花さんが自分の隠れている所に近づいた。上で物音がする。心臓が嫌な感じにどくどくする。

 すぐ引き出しを開ける音がしたのでもう安心かと思ったら、また戻ってきてぼくの居る場所を覗こうとした。

 門番のベッド下はもう隠れられないのかな…次の隠れる場所探さないとな…と思っていると、萌花さんは覗くのをやめた。

 よかった。ここがなくなったら探すのに苦労する。外に出されなくて本当によかった。

 ほっとしていたらまた変わった。

 かわいそうに、という気持ちでいっぱいだった。今、迎えに行ってあげるから。と思って、友達や家族を伝って圭司さんの所まで向かう。

 首近くの肩を掴んだ。両手でぶら下がる。そうしたら他の人がぼくの体を使って上まで登り圭司さんを掴む。その繰り返しをしていたら周りが見えなくなってきた。いつ助けられるだろう、と思っていると浮遊感が体を包んだ。

 ―よかった。門番より早く連れてこれて。

 よかったねー、という声が聞こえる。本当に良かった。門番は痛いし、門番に連れて行かれた人間は消える。ぼくたちのいる場所には来ない。きっと地獄にでも連れて行かれたのだろう。あんな残酷な殺され方をして、地獄に連れて行かれるんだ。そうなる前に、1人でも救えてよかった。

 ぼくは目を閉じた。

 次目を開くと、また視点が変わっていた。鬼ごっこに飽きて、真面目に連れて行こうと思っていた。

 ちょっとずつ引っ張って足を止めさせればいいんじゃないか。そんな提案から、1人ずつ柚子の腕を引っ張っていった。

 リビング辺りで柚子はやっと気づいて立ち止まった。前で通せんぼしていた友達に気づいたらしい。その隙を見逃さず、別の友達が腰を掴んだ。それを機に皆で連れて行った。

 ―もう誰もいないよ。

 探しに出ている班からそう報告が来た。

 ぼくたちは門番に殺された人たちを眺める。この人たちは痛い思いをしてまで悪い所に行くんだ。悲しさと恐怖でお互い手を繋いだ。

 門番は黙々と穴を掘り死体を燃やしていく。

 じりじりと焼かれていく人間の臭いは、何回経験しても慣れない。

 そうして帰る時間なのでぼくたちは本の中に帰った。

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