話の続きはピロートークで

波木真帆

折り紙の君

カランカラン♫


今日も大きなウエルカムベルが小気味良い音を鳴らす。


「やあ、いらっしゃい」


声をかけてきたのは Kellnerウェイターのドミニク。

ここを訪れる女性客の心を瞬く間に射止める爽やかな笑顔の好青年だ。


「いつもの席いいかな?」


アルはお気に入りの席を指差して尋ねる。


「はい、どうぞ」


と言われ、そこへ歩いていこうとしたその時、この間まではなかった不思議な飾りに目がいった。


「ドミニク、これは?」


「ああ、気づきました? これは【オリガミ】で作られたものなんですよ」


「オリガミ?」


アルは馴染みのない言葉におうむ返しで尋ねてしまう。


「先日、常連客の方と一緒に来られた日本人の少年が作ってくれたんです。これ、全部一枚の紙からできてるんですよ。これは鶴で、こっちは風船、それからあっちは兜と飛行機」


ドミニクは飾られている【オリガミ】をひとつひとつ丁寧に説明してくれた。


私は初めてみる【オリガミ】なるものに、好奇心がムクムクと湧き上がる衝動を覚えた。


「これ、絶対壊したりしないから、触ってもいいかな?」


ドミニクは少し思案顔をしたが、了承してくれた。

絶対に大切に! と念を押すことを忘れはしなかったが……。


私は恐る恐る鶴に手を伸ばした。


これが一枚の紙からできたとは思えないほど、細部にまで丁寧に折られているのが分かった。


うわぁ、なんて繊細なものなんだ。

これを折れる人は繊細で心が美しいに違いない。

どんな人なのだろう……。


「この【オリガミ】を折った人はまたここに来るだろうか?」


「うーん、どうかな? 短期のホームステイだって言ってたし、もしかしたらもう地元に帰ってるかも」


そうなのか……。

残念だという気持ちを隠せぬまま、私はいつもの席へと足を進めた。


自宅へ戻ってからも、あの【オリガミ】のことが頭から離れなかった。

いや、【オリガミ】というよりはそれを折った人のことか。


どんな気持ちであれを折ったんだろう。

私も折ってみたら気持ちがわかるようになるだろうか。


そう思うと居ても立っても居られなくなり、私はすぐに近くの書店へと出かけた。

そこで店員に【オリガミ】の本が無いか尋ねたが、残念ながらその店には置いてなかった。


ならば、と隣町にある少し大きな図書館へと足を運んだ。

ようやく見つかった一冊の本。

ほとんど誰の目にも触れていないだろう、その本には綺麗な和紙という日本の伝統的な紙で折られたものが写真付きで載っていた。


家に帰って、早速ノートを破って正方形に切り、即席の【オリガミ】を作った。


まず、三角形に折る。

簡単に書いてあるその一言が私には実に難しかった。

注意書きに出来るだけ角と角を揃えて綺麗に折り進めましょうと書いてあったからだ。


何度やっても角が揃えられない…。

私の【オリガミ】は初歩の初歩からつまづいてしまった。


何度やり直しただろうか。

ようやく最初の三角形の角を揃えて折った時には、即席の【オリガミ】はどこが線やらわからないぐらいに折り目だらけになってしまっていた。


彼の作った鶴には余計な折り目など何もなかった。

だとしたら、彼は一度もやり直すことなく折り進めたに違いない。

私は名も知らぬ彼に心の中で敬意を称した。


私は何枚もの即席【オリガミ】を作り、何度も何度も繰り返し練習した。


初めの三角形などあれは簡単なものだったのだと思わずにはいられないほど、複雑な折り方が続いていく。

本を読んでもなかなか理解できないのに、彼はそれをそらで覚えて折っているのだと思うと、ますます感服した。


始めてから10日が経った頃、ようやく鶴と見えるようなものが折れた。

初めて鶴を折れた時には感動でつい雄叫びをあげてしまい、家族からクレームもいただいてしまった。


それでも折った鶴を家族に見せると、皆口々に賞賛の声をかけてくれ、笑顔を見せてくれた。


その笑顔に私は涙が止まらなかった。

よれよれの不恰好な鶴ではあったけれど、彼らの笑顔を見て、幸せだと感じたのだ。


きっと彼もそういう思いであの鶴たちを折ったのだろう。


それが理解できたから、私はいくつか鶴を折ってからその中でもまだ綺麗に出来たものを持ってカフェへと足を運んだ。


「やあ、いらっしゃい」


いつも同じ言葉で迎えてくれるドミニクに今日は席のことを尋ねる前に、私は彼の前に自分の折った鶴を差し出した。


「えっ? アル、これは?」


「私が折った鶴だ。もし良かったら、あの鶴たちと一緒に置いてもらえないだろうか?」


ドミニクはオーナーに尋ねようかどうか悩んでいたようだったが、尋ねることなく了承してくれた。


名も知れぬ彼の折った鶴の隣に置かれた私の鶴は、一番綺麗なものを選んできたにも関わらずヨレヨレの酷いものであったが、ドミニクは


「いいね!」


と言ってくれた。


その優しい言葉に、いつもと同じ珈琲をいつもより美味しく清々しい気分で味わった。


それからしばらく経ってからまたカフェへと足を運ぶと、ドミニクは私の顔を見るなりいつものかけ声をかけるよりも先に


「昨日、彼が来ましたよ」


と告げた。


一瞬何のことかわからなかったが、どうやらあの【オリガミ】の君が来たらしい。

一日遅れで会えなかった……。

そんながっかりした気持ちがドミニクに伝わったんだろうか。

ドミニクはその時の彼の様子を教えてくれた。


「彼、あなたの折った鶴に気づいて嬉しそうな顔をしていましたよ。家族みたいだって言ってました」


私はその言葉が嬉しくて、その日から鶴を折ることは私の日課となった。

あんなに苦戦していた角を揃えるのも今では楽勝だ。



日本へと旅立つ時にも私は自宅に家族の人数分の鶴を置いてきた。

どこにいっても家族は一緒だという気持ちを込めて……。




それから数年、夢を叶えて日本にカフェを作った時、私は内装をあの大好きなカフェと同じにしようと決めていた。

そして、その一角にはあの店のように【オリガミ】たちを飾ろうと。


日本の文房具店で一番上質な、色とりどりの和紙で作られた【オリガミ】を買い、心を込めて鶴を折った。

名も知れぬ彼に愛されたあのカフェのように、この店も愛される店になるようにと心を込めて。





「あれ? あそこにあるのって折り紙の鶴ですか?」


先日からこのカフェで働いてくれることになった大学生のリクが飾り棚を見上げて尋ねてきた。

私は彼を一目見て惹かれたが、彼は私の思いにはまだ気づいていないだろう。


「ああ、今気づいたのかい? あれは思い出の鶴なんだよ。だから、店で一番いい場所に飾ってるのさ」


「へぇー。思い出の鶴かぁ。なんかかっこいいですね。そういえば、懐かしいな。俺、以前ミュンヘンのカフェで鶴を折ったことがあって……」


「ええっ?」


思いがけないリクの言葉につい感情のままに話を遮って叫んでしまった。

突然の私の大声に目を丸くしたリクに


「ああ、ごめん、それでどうしたの?」


ドキドキしながら、先を促すとリクは私の声に動揺したのか少し怯えたような声で続きを話した。


「う、うん。ホストファミリーの家族に連れて行ってもらった御礼に持ってきていた折り紙で鶴とか飛行機とかいろいろ折ったんだ。そしたら、それを見たカフェのオーナーさんに店で飾っていいかって言われて、そのまま置いてきたことがあったんだ。で、その後行ったら、一生懸命練習したっぽい鶴が俺の作ったやつの隣に飾られてて……誰が作ったかわからないけど、すっごく嬉しかったんですよね」


私はリクの言葉のひとつひとつを聞き漏らさないようにじっくり聞いてから、頭の中で何度も何度もリフレインさせた。


ああ、あの名も知れぬ折り紙の君はリクだったんだ。


あの鶴はリクそのものだったのかもしれないな。

だからあんなに心がときめいたんだ。


もし、彼と恋人になれたらこの鶴の話をしよう。

甘い甘いピロートークで。

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