第40話 分かち合う喜び

 春花はーちゃんから思いがけない謝罪を受けた良夜。この気持ちをどう受け止めればいいのか、言葉が見つからず戸惑いを隠せずにいた。すると、そんな二人の様子を傍で見ていた夏樹なっちゃんは、何かを思い出したかのように声をかける。



『――なるほど、そういうことだったのか。まさか、お月様を良夜に見立てて、元気づけていたなんてね。僕はてっきり、ついに春花はーちゃんがおかしくなったのかと思ったよ』

『なんですって! 今度いったら、ぶっ飛ばすって言ったでしょ!』


 この発言に、春花はーちゃんは鬼の形相で睨みつける。どうやら夏樹なっちゃんは、また余計なことを言ってしまったようだ。


『ぶっ飛ばす? そんなこと言ったっけ?』

『はあっ? 何言ってんの! さっき言ったばかりでしょ、もう忘れちゃったの?』


『忘れるも何も。僕が聞いたのは、承知しないっていう言葉だよ? いつ、ぶっ飛ばすなんて言ったの?』

『そっ、そうだったわね、ごめんなさい。――じゃなくて! そんなこと、どっちだっていいのよ。とにかくね、私の悪口をいったら、許さないって言ってんの!』


 夏樹なっちゃんから視線を逸らしつつ頬を赤らめながら呟く春花はーちゃん。どうやら、先ほど言ったことを覚えていないようだ。そんな誰が見ても微笑ましい二人の姿。これには、さすがの良夜も緊張がほぐれたのだろう。張りつめていた表情も次第に柔らかくなり、いつのまにか自然と微笑みがこぼれていた。


『はいはい。僕が悪かったです、ごめんなさい』

『だから、返事は1回でいいって言ったでしょ。何度いったら分かるのよ』


 いい加減な態度に納得がいかず、春花はーちゃんは両頬を膨らませながら口を尖らせる。どうやら、いつものやり取りに戻ったようだ。こうして、和やかな雰囲気を取り戻した三人。距離が縮まったところで、夏樹なっちゃんは元の話題に内容を戻す。


『まあまあ、とりあえずその話は置いといてさ、さっきの続きに戻らない?』

『さっきの続き?』


『そう、良夜の自己紹介。どこまで話したんだっけ?』

『どこまでって……名前を紹介されて、私が余計なことを言ったのよね。たしか……そこまでじゃなかったかしら?』


 首を傾げながら聞かれた言葉に耳を傾ける春花はーちゃん。先ほど話していたことを思いだすと、会話の続きを促すように尋ねた。


『そうそう! 名前ね、思い出した。――でね、とりあえず名前は置いといてもらって、とにかく苗字の方がすごいんだよ』

『すごい?』


『うん。多分、今まで誰も聞いたことがない苗字。それはね、卵。すごいでしょ』

『――たっ、たまご? 何よそれ?』


 良夜の苗字を聞いた途端に、春花はーちゃんの表情は一変する。それは、信じられないものを聞いたかのような、目を丸くさせた顔つき。


『――なっ、夏くん違うよ。卵じゃなくて玉緒たまのおだってば』  

『んっ、そうだっけ?』


 最初に伝えられた苗字を聞き間違いしていたのか、それとも場の雰囲気を和ませようとでもしたのか。夏樹なっちゃんは笑いながら珍妙な言葉を口にする。そんな誰が聞いても明らかにおかしな発言。これにすぐさま反応する良夜は、慌てて二人の間に割って入る。


『そうだよ、最初に説明したじゃん。まあ、確かに呼びにくいとは思うけど……』

『なるほど、苗字は玉緒たまのおくんって言うんだ。だから夏樹なっちゃんは、卵って言ったのね。でも、それはさすがに無理があるんじゃないの?』


『む……り?』

『ええ。夏樹なっちゃんはね、仲良くなるために、わざと言ってんの。それを知ってて、驚いた私も馬鹿だったわ』


 春花はーちゃん夏樹なっちゃんの冗談に呆れながらも、その優しさを受け止め微笑む。しかし、良夜はこの発言に驚きを隠せずにいた。何故なら、冗談にしてはあまりにも馬鹿げている内容だったからだ。


『今の言葉は、わざと?』

『そう。私なんてね、苗字が花守はなもりだったから、最初の頃は山盛りって言われていたのよ。まあ、アホな夏樹なっちゃんなりに、一生懸命考えたやり方なんでしょう』


『ええー、アホって春花はーちゃんも酷いな。どうせなら、作戦って言ってほしいよ』

『なにが作戦よ。そんなのはね、ただの低レベルな言葉遊びなの!』


 春花はーちゃんに突っ込まれ、夏樹なっちゃんは口を尖らせながら不貞腐れる。そんな二人のやり取りを傍目に、良夜は先ほどの発言が気になり尋ねた。


『ありがとう、夏くん。なんだか気を遣わせたみたいだね』

『んっ、どうした急に?』


『うん。ずっとね、木陰で見てる時から思ってたんだ。この二人なら、僕のことを友達として見てくれるんだろうか。そんな風に悩んでいたんだけど、どうやら必要以上に考え過ぎてたみたい』

『なるほど、気を遣わせたというのは、そういうことか。とにかく気持ちの整理が出来て、悩みが解決したんなら良かったじゃん』


 夏樹なっちゃんが自分のことを思って行動してくれた。その優しさに心を打たれたのだろう。良夜は頷きながら、感謝の気持ちを込め言葉を返す。


『そうだね。だから、これからは友達としてよろしくね』

『ああ、こちらこそよろしくな』


 良夜は夏樹なっちゃん春花はーちゃんに微笑みかける。その表情は、悩みが解決したおかげなのか、清々しいほど晴れやかなものとなっていた…………。

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