第3話

「ねえ、ねえってば」

 どこからか声が聞こえてくる。


「ねえ、起きてよ」

 その声は森口さんの声だった。


 ぼくは慌てて飛び起きる。

 辺りをキョロキョロと見回す。

 そこは、ぼくの部屋であり、ぼくはベッドの上にいた。


「え?」

 寝ぼけたか。ぼくはそう思い、再び布団に潜り込もうとする。


「ちょっと」

 いやいや、これは夢だ。

 そう思ったけれども、布団を剥ぎ取られたことで、これが夢ではないということにぼくは気づかされた。


 そこには、森口さんが一糸まとわぬ姿で立っていた。

 もちろん、おっぱいも丸見えだ。


「え、え、え」

 訳がわからないぼくは、見ちゃだめだと思って慌てて顔を伏せる。


「なんで、寝ちゃうの。起きて」

 森口さんはそういうと、ぼくの顔を両手で掴んで、自分の方を向かせた。


「いや、あの、なにのようでしょうか?」

「松田くんに、お願いがあるの」

 森口さんは眉を八の字に下げて、ぼくのことを下から上目遣いで見るようにして言う。

「お、お願い?」

 え、なにこれ。どんなエロ漫画シチュエーションなの。そんな姿でお願いなんて言われたら……。


 ぼくは思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「探しているものがあるの」

「さ、探し物?」


 思っていたのとちがーう!

 ぼくは心の中で叫び声をあげていた。


「――――でね、ひとつ足りないの。それがないと……」

 森口さんはぼくに語り掛けてきていた。


 やべー、話の前半をエロい妄想を繰り広げていたせいで、まったく聞いていなかった。

 何の話、これ。なにがひとつ足りないのか、わからないよ。どうしよう。


「わたし、どうしたらいいか、わからなくて」

 そう言うと森口さんは目から大粒の涙を流して見せた。


「わかった。ぼくに任せて、探してあげるよ」

 話を聞いていなかったけれども、ぼくは目の前で女の子が泣いているのを黙って見ていられなかった。


「ありがとう、松田くん」

 森口さんはそういって、ぼくに抱きついてきた。


 え、ちょ、ちょ、ちょっと待って。そんな裸の状態で抱きついて来たりされたら。

 ぼくは慌てて腰だけを引く。それは変化の起きている下半身を森口さんに当ててしまわないための最大の配慮だった。



 翌日の日曜日、ぼくは森口さんと一緒に、最初に出会った場所へと向かうことにした。

 昨日の夜のことは夢ではなかったのだ。


 ぼくの家に迎えに来た森口さんは、花柄のワンピース姿であり、足元はサンダルだった。

 かわいい。ものすごく、かわいい。控えめにいって、かわいすぎる。

 語彙力の低いぼくは、最大限の褒め言葉を心の中で呟いた。


「えーと、たしか、この辺だったんじゃないかな」

 ぼくは夜空を見上げながら歩いていた場所へと森口さんを連れてきた。


 そこは近くに大きな公園があるところであり、犬の散歩をする人や子どもたちでにぎわっていた。


「ぼくはあの日、火球を見たんだ」

「かきゅう?」

「火の球って書いて、火球。流れ星の大きいやつ。隕石みたいなものだよ」

「そうなの?」

 森口さんはそういって空を見上げる。

 ぼくも森口さんに釣られるようにして空を見上げる。


 そこには、透き通るような青空が広がっていた。


「あの先にある側溝のところで、森口さんはころんじゃったんだよね」

 ぼくは森口さんの自転車がハマってしまっていた側溝へと近づいていく。

「そういえばさ、森口さんは何を探しているんだっけ」

 昨日の話を聞いていなかった。それを隠すように遠回しに聞いてみた。

「部品……あ、じゃなくて靴」

「え、靴?」

「そう。クツ」


 ぼくは急に思い出した。

 あの日、森口さんは靴が片方だけ脱げていた。

 そして、その靴をぼくは回収してカバンの中に入れておいたのだ。

 そのカバンは、いまぼくの背中にある。


「もしかして、これ?」

 ぼくはカバンからローファーを取り出すと、アスファルトの地面の上に置いた。


 すると、不思議なことが起きた。

 革靴であるはずのローファーがメタリックな色に変化して、輝きはじめたのだ。


「そう、それ……。それがわたしの探していた部品なの。その部品が無くて、わたしの宇宙船は飛ぶことができなかった……。ありがとう、松田くん」


 まばゆい光にあたりが包まれて行く。


「本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」

 森口さんはそう言うと、ぼくの唇に自分の唇を重ねてきた。

 温かく、柔らかい唇の感触が、ぼくの唇に伝わってくる。

 森口さんは唇を離すと、少し離れた場所へと歩きはじめた。


「短い間だったけれども、楽しかった。松田くん、好きだよ」

 森口さんがそう言った瞬間、辺りが真っ白になるほどの強い光が放たれた。

 一瞬ではあったけれども、ぼくには森口さんの着ていたワンピースが消えて、裸になり、そのまま身体が銀色に輝く何かに変化していくのが見えた。


 光が消えた時、ぼくは暗闇の中に立っていた。

 あ、あれ?

 何がものすごい音が頭上から聞こえて、夜空を見上げる。

 そこには、大きな火球が夜空を横切っていくのが見えた。



 何年も経ったいまでも、あの日のことははっきりと覚えている。

 だけれども、火球のニュースはどこにも無いし、森口さんのという転校生がやってきたという記録も残されてはいない。隣の家もずっと前から同じ老夫婦が住んでいる。


 でも、ぼくにはハッキリとした記憶が残されているのだ。

 何年経ってもぼくは、あの日見た森口さんのおっぱいを忘れることができない……。




 おしまい

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彼女の落とし物 大隅 スミヲ @smee

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