第2話
自分の目を疑うというのは、このことをいうのだとぼくは知った。
まるで古典的な漫画の展開。
それが自分の身に起きるとは思いもよらぬことだった。
朝のホームルーム。
いつものように担任の先生がやってきたが、いつもと少し様子が違っていた。
「はい、きょうから皆さんと一緒に学ぶことになった転校生を紹介します」
そう言って先生が、廊下からひとりの生徒を招き入れる。
教室全体がざわつく。
「あっ!」
思わずぼくは大きな声を上げてしまった。
「はい、静かに。それでは、紹介します。転校生の森口さんです」
先生に紹介されたのは、昨日の夜、ぼくが出会った彼女だった。
「はじめまして、森口そらっていいます。よろしくお願いします」
クラスメイトたちから拍手が起きる。
昨日は暗闇の中だったということもあり、顔がはっきりと見えなかったが、森口そらは大きな瞳と小さな鼻、薄い唇で細面、まさにぼくのドンピシャな好みのタイプの顔立ちをしていた。
「えーと、席は……。松田、お前の隣が空いていたよな」
先生はぼくに言う。えーと、たしか……空いていたな。あれ? ぼくの隣の席って、誰がいたんだっけ。いや、最初から誰もいなかったか。
「よろしくね、松田くん」
森口そらはぼくの隣の席に座ると、にっこりと微笑んで見せた。
く……可愛い。
ぼくはその笑顔ににやけそうになるのを我慢して、クールを装って見せた。
「ああ、よろしく」
「わからないことがあったら、みんな教えてあげてくれ」
担任の先生はそれだけいうと、教室から出て行ってしまった。
まさか、昨日の夜に出会った彼女と、きょう学校で再会するとは……。
ぼくは正直に言って、超絶浮かれていた。
放課後、帰り支度をしている時に、ぼくはあることを思い出した。
そういえば、ぼくは彼女の脱げた片方の靴を持っているのだ。
そのことを彼女に告げようと思ったが、彼女の周りにはクラスメイトが集まっており「どこに住んでいるの?」、「部活は何部に入るの?」、「前の学校では……」といった会話を繰り広げていたため、ぼくはその様子を遠巻きに見つめるだけで、彼女に靴のことは言い出せなかった。
部活に入っていないぼくは、そのまま自宅へと直帰する。
一緒に帰る友だちも特にはいない。
別にそれが悲しいことだと思ったことは無いし、それが普通だと思っていた。
昨日の火球はどこへ落ちたんだろう。
ぼくは雲ひとつない青空にぽっかりと浮かび上がる白い月を見上げながら、そんなことを考えていた。
「ただいま」
家に帰ったぼくは、うがい手洗いを済ませると、自分の部屋に引きこもった。
誰もいなかった。両親は共働きで、ぼくは一人っ子なのだ。
机の上に置いてあるパソコンを起動させて、ネットで昨日の火球について何か情報がないかを調べる。
SNSの投稿なんかも調べてみたけれども、どこにも火球の話は掲載されていなかった。
あれは、絶対に火球のはずだ。でも、なんで誰も見たって投稿をしていないのだろう。
ぼくは不思議に思いながら、天体観測者たちが集まるSNSの画面を閉じた。
それにしても、森口さんは可愛かったな。
ベッドの上で寝そべりながら、ぼくはそんなことを思う。
すると、家のインターフォンが鳴る音がした。
なんだろう。宅配便かな。
ぼくは部屋を出てインターホンの画面を見る。うちのインターホンはカメラ付きのやつで、誰が来たかを確認することが出来るのだ。
インターフォンのディスプレイに映ったのは、なにか灰色の物体だった。
え、なにこれ……。
ぼくは自分の目がおかしくなったのではないかと思い、二度、三度、まばたきを繰り返してから、もう一度インターフォンのディスプレイを見た。
すると、そこには森口さんの姿があった。
え、なんで?
ぼくは慌てて玄関に向かい、ドアを開ける。
「こんにちは」
森口さんはにっこりと笑顔を浮かべて、ぼくに言う。
「あ……どうも」
変な挨拶。さっきまで学校で一緒だったのに、『あ……どうも』はないだろう。
「あの、わたし隣に引っ越してきた……」
「え?」
ぼくは思わず大きな声を出してしまった。
「あ、あれ? 松田くん?」
驚いた顔の森口さん。彼女は、ぼくの顔をじっと見ている。
もしかしたら、玄関を開けて出てきたのがぼくだということを認識していなかったのだろうか。
「あ……え……えっと、と、と、隣に?」
「そう。昨日、隣に引っ越して来たんだ」
「ええっ! そうなの!」
何この展開。マジで漫画の展開じゃん。一度は体験してみたい漫画のシチュエーション・ベスト10に入ってくる展開だよ。順位はきっと、親同士の再婚でカワイイ女の子と義理の兄妹になるに続くだろう。
あれ? でも、隣の家って空き家だったんだっけ? 確か隣の家には老夫婦が……。
そう思った瞬間、ぼくは頭に痛みを覚えた。ズキンっと来る鋭い痛みのやつだ。ノイズ。一瞬、世界が灰色に見えたと思ったら、ふと頭が軽くなった。
そうだ、隣の家は空き家で売りに出していたんだ。
「よろしくね、松田くん」
森口さんはにっこりと笑ってぼくに言うと、ちらりと玄関の奥を覗き見た。
「あ、ああ。きょうは両親は夜までいないんだ。いまいるのは、ぼく一人だよ」
「そうなんだ。わたしのところも、両親は共働きで夜遅くまで帰ってこないんだよね」
「あ、ああ、そうなの。もしよかったら、うちに寄ってく?」
なんでこんな言葉をぼくは発したのだろうか。自分でもよくわからなかった。
「え、いいの?」
「もちろん」
ぼくはそう言って森口さんを家に招き入れると、お菓子とジュースを用意して彼女をもてなした。
どんな話をしたかはよく覚えてはいなかった。色々な話をした気がする。学校のこと、この町のこと、地域のこと、日本のこと、地球のこと、宇宙のこと。彼女は真剣な顔をして、ぼくの話を聞いてくれた。
ぼくは自分の話をこんなに真剣に聞いてくれる人は、両親以外にいなかったので嬉しくなってペラペラと何時間も一方的に話してしまった気がする。
「色々と教えてくれて、ありがとうね」
話が盛り上がりすぎて夜になってしまい、森口さんは帰っていった。
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