彼女の落とし物

大隅 スミヲ

第1話

 塾からの帰り道。ぼくは夜空を見上げていた。

 誰にも話したことは無いが、ぼくは天体観測が好きなのだ。

 夜空を眺めていると、突然、明るくなったような気がした。


 それは大きな流れ星だった。

 尾を引くような星の影が、一瞬にして流れ去っていく。


 スマートフォンを構える暇なんて無かった。

 あの大きさからしても、火球と呼ばれるものに違いない。


 どこかに落ちたのだろうか。

 そんなことを思いながら、流れ星の消え去った方向に顔を向けていると、前方から派手な衝撃音が聞こえてきた。


 え? 隕石が落ちた?

 そんなわけはない。それにしては、衝撃音が小さかった。


 暗闇の中に目を凝らしたが、何も見えない。

 持っていたマグライトを照らし、音がした場所を確認する。


 すると、そこには倒れている人がいた。

 学校の制服を着た髪の長い少女。うつぶせに倒れているため顔は確認できない。


「だ、大丈夫?」

 ぼくは倒れている少女へと駆け寄った。


 少女はぼくの問いかけに、唸るような声を上げながら頭を起こした。

「いったーーーーい!」

 腕立て伏せをするようなポーズで身体を起こそうとした少女は叫び声をあげた。


「だ、大丈夫?」

 ぼくは同じ問いかけを少女にした。


「痛い……」

「どこが?」

「足……」


 ぼくはマグライトの明かりを少女の足の方へと向ける。

 少女の足は片方の靴が脱げた状態となっており、靴下姿だったが、特に足から血が出ているとか怪我をしている様子はなかった。


「あ……」

「えっ、怪我してた?」

「あ、いや」


 ぼくは慌ててライトを消した。彼女のスカートがめくれ上がっており、パンツが丸見えだったからだ。


「あ、足は大丈夫そうだよ」

「でも、痛いよ」

「立てる?」


 ぼくは彼女にそう言って、手を差し伸べた。

 彼女はぼくの手に掴まるようにして立ち上がる。

 彼女の手はとても柔らかかったが、それと同時になにか変な感触があったような気がした。


「ありがとう。助かったよ」

 そういって、彼女はキョロキョロと周りを見回す。


「どうかした?」

「乗り物が……」

「ん?」

 ぼくはまたマグライトのスイッチを入れて辺りを照らす。


 側溝のところに前輪が引っかかるようにして倒れている自転車の姿があった。

 きっと、彼女は自転車に乗っていて、側溝に気づかず、タイヤを取られてしまったのだろう。そして、派手に転んだ。もしかしたら、あの火球に気を取られていたのかもしれない。

 ぼくはそんな想像をしながら、彼女の自転車を起こしてあげた。


 自転車はかなりボロかったけれども、問題なく動きそうな感じだった。


「あ、ありがとう」

「やっぱり、火球見てて?」

「え? かきゅう?」

「ほら、さっきの流れ星」

「ながれぼし?」

 彼女は少し困ったような表情を浮かべる。

 もしかしたら、転んだ時に少し記憶を失っているのかもしれない。

 ぼくは勝手にそんな想像をしていた。


「ありがとう」

 彼女はもう一度、ぼくにそう言うと自転車にまたがった。


 ペダルに足を置いた彼女を見て、ぼくは気がついた。片方、靴が無いじゃないか。

 でも、彼女はそれを気にすることなく、ペダルを漕ぎはじめる。

 自転車は錆びているらしく、嫌な甲高い音を立てていた。

 ほんとうに、この自転車は彼女が乗ってきたものなのだろうか。もしかしたら、ずっと前からこの場所に放置されていたものじゃないのだろうか。

 ぼくは不安に思ったが、彼女は自転車を漕いでぼくの前から去って行こうとしていた。


 自転車にまたがった彼女のスカートは変な風にまくれ上がってしまったのか、彼女のお尻部分のパンツは丸見え状態になっていた。


「あ……」

 ぼくはそれを彼女に教えようとしたが、彼女はフラフラと自転車を蛇行運転させながら、去って行ってしまった。


 初めて見るだったな。この辺の人じゃないのかな。

 そんなことを思いながら、歩き出そうとするとぼくの足に何かが当たった。

 それはローファーだった。しかも片方だけ。そういえば、彼女の靴は片方しか履いていなかった。もしかしたら、彼女のものかもしれない。


 ぼくは彼女を慌てて呼び止めようと思ったが、すでに彼女の姿は闇の中へと消えて行ってしまっていた。

 どうしようか。とりあえず、ここに置いておいても仕方ないしな。

 ぼくは、また明日の塾の帰りにここに来て、もし彼女が靴を探していたら渡そう。

 そう考えて、カバンの中に彼女の靴をしまった。


 それが昨日の夜の出来事だった。

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