第2話 歩きの貴族


 パラレルワールドの『俺』と接続し力を得たのはいい。結局、魔法を使いながらも自分の足で王都まで行かなければならないのは面倒だった。


 体力の消耗、衣装の汚染、いくら魔法で服を綺麗にしようと痕跡はある程度残るので着ていくわけにもいかない。


 王都に着いたのはいいが、汚れた豪華な服を着た男が検問で並んでいる時点で騒ぎになった。


 貴族ならば馬車でやってくるのは当然なのだが、今の俺はこの身一つしかない状態で偉ぶった所で詐欺師と思われるだろう。


 ならばいっそ、そのまま一般の枠と並んで入ったらいい。何なら上役と連絡さえ着いたらどんどん連絡つがつく。


 時間こそかかったが門をくぐることは成功した。


 そして知り合いの屋敷を尋ねて服だけでも置いていこうと、俺は考えた。


「り、リクトさん!?何があったんですか!」


「色々あって、な」


「な、じゃないですよ!?ここは人目につきます、早く入ってください!」


 慌てるように俺を屋敷へ案内したのは、先に王都に入っていたモルガ・キーマン、俺の取り巻きの1人だ。


 気は弱く繊細だが、だからこそ気配りができる男と俺は評価している。


 実際、お供の1人もつけていない俺が不審に思われないように即座に屋敷へ入れてるのだから、何かあったことはすぐに察しただろう。


「パーティ前に悪いな。邪魔をする」


「もうとっくに到着しているものと思ってたんですが…………聞いてもいいんですか?」


「やめておけ、ただ服を俺に貸してくれるだけでいい。とはいえ、俺に合う礼服があるかどうか」


「…………兄の服ならリクトさんに合うでしょう。ですが、兄はあまりここに戻らないので大層なものはなくて」


 俺とモルガの身長差はそこそこある。俺の目線がモルガの頭の頂点と一致するくらいの差はある。


 そうなると彼の服を無理に着ようとするとピッチピチになり道化師みたいになる。


 敢えてモルガの屋敷を尋ねたのは、彼に兄がいて俺と同じくらいの体格ということを知っていたからだ。


「構わん、無理に取り繕うよりもマシだ」


 俺がそう言うと、モルガは慌ただしく使用人に指示を出し、俺を個室へと案内した。


 本当に彼の兄の服が合うのかサイズを合わせ、しっかり合うと分かればスルスルと着替えていく。


 小さいとはいえ貴族の従者は手際が良い。あっという間に白シャツのような服に黒いズボンと質素ながら気品は崩さない姿へと早変わりした。


 悪くない、なんだか一度死んだときから派手さよりも質素な方がしっくりくる。


「助かった。この借りはまた返す」


「とんでもない!リクトさんに頂いたモノ・・に比べたら金銭で返せるならどうってことないですよ」


 こびへつらうような笑い方だ。俺についていくだけでちょっとした権力を得たつもりになった分を金で払えたら万々歳か。


 いかにも小物っぽさがあるが、下の貴族は大体こんな感じだ。


 俺は侯爵の息子でモルガは男爵の息子。今は俺が実家に戻るために貴族学校を休学しているが、知識を図るテストも魔法の力も俺の方が上。下手にライバル視するよりも下についたほうが恩恵が大きいと言いたいわけだ。


 今の俺は親の力を借りているようなものだが、確実に権力を手にするなら努力はする。


 それに対して努力して実らすよりも、他人が落とした若い果実を拾うことだけにしたのがモルガのような俺の取り巻き達。


 扱いやすいのはいいが、愚か過ぎると簡単に掌を返すので扱いは慎重にしないといけない。


「パーティが終わったら一度戻る。服は洗わなくてもいいから置いといてくれ」


「あ、はい。じゃなくて誰1人つけないつもりですか!?」


「下手に人で囲うと油断が生じる。また襲われたら平民を巻き込む、それは避けなければならない」


「いや、でも…………」


 何か言いたそうなモルガだったが、俺は被せて言う。


「それに、敢えて俺の所の屋敷に行かなかったのは身内が仕向けた可能性があるから戻らなかっただけだ」


 一体、敵がどれほどいるのか、誰が敵なのかすら分からない故に小心者で大胆なことができない小物のモルガが居る場所を選んだのだ。


 結局は保身だよ保身。力を得たとはいえど不測の事態はどうしようもないのだから。


 唖然としてるであろうモルガを振り向く事なく置いて俺は城に向かって歩いていく。


 着替えはスムーズだったが時間は押している。このまま魔法を使って高速移動して行くのもいいが、緊急時でない限り許可なく魔法を使えば衛兵が飛んできて足止めを食らうのは必須。


 だから敢えて歩いて行かざるを得ない。


 流石に貴族が質素な服を着て歩いてるなど誰も思うはずがないから気付かれにくい筈だ。


 こうして、俺は王城へ徒歩で向かう羽目になった。


 今更ながら、どんなパーティに招待されたかは言っていなかった。


 なに、単純な祝い事だ。


 俺と同い年であり同じ学年の第3王子の誕生会だ。


 国が主導の社交パーティーに行かねば何を言われるか分からない。


 単純に評価が落ちるのはもちろん、あいつは王族に忠誠があるのかと疑われる可能性もある。


 力を得たとしても世間体がある。人望を得るには然るべき行事に参加するのは当然である。


 普段なら楽しみにしながら参加していただろうが、暗殺された後・・・・・・だと気が沈む。


…………ん?いま俺は何を考えた?


 まあ良い、今は犯人探しだ。少なくとも決着をつけなければ安心して寝ることはできない。


 そんな憂鬱なことを考えていた俺は、背後でモルガがどのような表情をしているのか知らなかった。


 羨望の、嫉妬の、そしてもう一つの感情が入っていたことを、まだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る