第6話 諸刃を掴む

「兄さま、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない、辛い」


「…………流石に弱音吐くよね」


「父上には弱音を吐いたことを言わないでくれ」


 王宮の客室にて俺とニーニェのボロトー兄妹は非常に重い空気を感じていた。


「決闘まで話が飛ぶとは思わないだろう普通は…………!何を考えているんだあの王子!」


「我が家としては入れ込む必要がなくなったけど、気持ち悪かったあの王子」


「何故いきなり、お前を選んだんだ?心当たりはないか?」


「あるわけないやろ!あっ、あるわけないじゃないですか!」


 母親譲りの訛りが出てすぐに訂正したニーニェだったが、焦っている顔を見れば一目瞭然だ。


 どこかしらで一目ぼれされたか?ニーニェは気が強いというほどでもないが、決して弱くもない。あえて弱点を述べるとしたらプレッシャーに弱い所だが、学園では大して弱みを見せたと聞かない。


 いや、弱みだからこそ聞かないのだが噂話程度なら俺の耳にも入る。


 とにかく、人はどこで見られるか分からないという教訓は得られたな。これを機にもっと周りを観察しよう。


 さて、決闘の話に戻るが当然非常に困っている。


 決闘で戦うのはいい。俺は絶対に負けないし、更に力を得たことで戦いに関しては盤石になったと言って過言ではない。


 ただし、相手が悪い。一国の、それも自分らが仕えている国の王位継承権を持つ人間と言うのが非常に悪い。


 王家に刃を向けなければならないという点で反逆罪みたいなものだし、良くて俺が追放される。最悪の場合は一族郎党全員処刑。


 俺だけは詰んでいるが、家だけはどうにか存続しなければならない。


 決闘になってしまったのは俺の失態だし、せめてかばったことを理由にアララ様と掛け合ってボロトー侯爵への罰は免除してもらうよう頼み込むしかない。


 流石に即日決闘はなく、もしかしたら王族の方から何らかの話し合いがあるかもしれない。


 そうなった場合、話し合いの席に立つのは俺。遠い領地にいる父上にはまだ話は届いてないのは確実なので当主代理で俺が立つしかない。


 決意を固めていると扉がノックされる。


「失礼します。こちらがボロトー侯爵のご子息がいらっしゃる部屋でお間違い無いですか?」


「入れ」


 俺が入室を促すと、しっかりと執事服で整えた青年が入ってきた。


わたくし、リンダージ家より遣わされた者です。今から決闘について話し合いをしたいと当主様から言伝を預かりました」


 リンダージ家、それはアララ様の家名であり俺たちよりも爵位が上の公爵家である。


 いよいよか、と思い俺は腰を上げた。


「ニーニェ、俺と一緒に来るか?」


「…………うん、行く」


 交渉の場で自分が主役になるのだから彼女の胸の内は不安でいっぱいだろう。


 力が無くとも立ち向かわなければならないことをよく理解している。


 だからこそ俺が盾となり、そして矛となる。


 リンダージ公爵が何を引き出せるか、そして王家からどこまで譲歩してもらえるかの勝負だ。


 気を引き締めて、貴族の戦いにいざ出陣!
















「ボロトー侯爵、今回の件は災難だった。まさか、王子があんなことをしでかすとは誰が思うものか」


「ええ、しきたりには古いものもありますが、王族たるものは模範になっていただけなければならないと思うのですがね」


「全くだ。そのような皮肉すら届かんくらいに瞳が濁っているようだ」


「先に言っておきますが、妹の方は殿下との直接の面識はないので、そこはご理解いただきたい」


 家臣が会議する部屋、それも大臣クラスが集まり話し合う豪華な部屋に俺とニーニェ、そしてアララ様とリンダージ公爵。そして妹についてきたお目付け役と公爵の使用人、ついでに記録人。


 一つ一つの発言が記録され、そして公爵の都合のいいように改変される。


 よりによってリンダージ公爵当主本人が出てくるとは、可能性はあったとはいえ出てくることは無いと思っていた。


 だが、考えれば考えるほど投手が出てくるのは時間の問題だったか。


 なにせ愛情があるかどうかは分からないが、駒となる大事な娘の婚約が破棄寸前まで進んでしまったのだ。


 公爵としても顔に泥を塗られ、苦労を水の泡になってしまったのだからその内心はとんでもないことになっている。


 怒り心頭と言う言葉が間違いなく当てはまり、頭から指先まで怒りで満ちているのが俺の目に映っていた。


「はっきり言わせてもらうが、あの王子はこちらの意見を聞かないくらいにやるつもりらしい。決闘を避ける手段は、もはやないと言えよう」


「…………やはり、避けるすべはないという事ですか」


 重苦しい雰囲気でリンダージ公爵が口を開く。


 あんな観衆がいる前でやった後に、今更ナシでしたなんて言えるはずがない。


 王宮からしても相当苦渋の決断を強いられたと思われる。


 俺から王族に決闘を挑んだならどのような処罰を与えるのは自由だった。しかし、第三王子から決闘を申し込んでしまったため。癇癪を起した王族は容易く部下に剣を向けるのかと言う疑問が湧いてしまう。


 しかし一度向けた刃をひっこめるのも面子の問題。一番被害を受けると分かっていても、決闘の宣言を撤回しない限り受けて立つしかないのだ。


「リンダージ公爵、お願いがあります」


「残念だが、命を救うことの確約は出来んぞ」


「決闘を受け入れることは覚悟しています。ただ、今回の件で王族から妹に、家に被害が行かないよう骨を折ってくれませんか。無理に全てとは言いません、出来る範囲で構いません」


 じっと、リンダージ公爵の目を見つめる。


 俺の生死を問わない代わりにリンダージ公爵に協力を求める。


 冷めた目で値踏みをするように俺を見ていた公爵だったが、ため息を吐いて言う。


「アララをかばってくれた手前に何もしないとはこちらの顔もつぶれることだ。出来る限りの手回しはしておこう」


「感謝します」


「娘は今回のことで相当なショックを受けたことは知っているだろう。未だに部屋で泣いて話にもならん。他人に仇へ刃を向けさせるのは癪に障るが、やれれうことはやっておけ」


 口約束ではあるが保証は頂いた。後の憂いは俺の処遇くらいだが…………俺がまた・・死んだところで何とかなるだろう。


「兄さま…………」


 今にも泣きそうな顔で俺の服を、正確に言えばモルガの兄のものなのだが、少し伸びそうなくらいの力で引っ張るニーニェがそこに居た。


 だが顔は見ない。誰もが傷つくことが確定している今、何もかも慰めにもなりはしない。


「勝つ、ただそれだけだ」


 それでも、気休めだったとしても、俺はそう宣言しておく。


 王子の恋路を阻む人気のない貴族の兄、か。まるで悪役じゃないか。


 まあいいだろう、俺の力の根源は人類単位で悪であるのだから、堂々と立ち振る舞うのみ。


 まあ、王子が死なないようにだけは頑張ろう。最初から最後まで、舐めてかかって、な。

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