第5話 兄として妹を気遣うのは当然


 第三王子が俺の妹に婚約者を無視してダンスを申し込むという事実上の告白をしたことに、今俺はかなり動揺している。


 多分絵面だと表情はコントロール出来ていても俺の輪郭は多重の線になって動揺しているのが丸わかりだろう。


「う、嘘だろう?アララ様を置いてあの女性を誘うだなんて」


「第三王子は女性を大量に囲うことが好きと聞くが噂通りだったのか」


「よりによってボロトー侯爵のところの…………!」


 周囲も驚愕して、そして困惑しているのが漏れ出ている。


 ざわつきは収まらず、妹はどうすればいいのか顔をきょろきょろと見渡している。


 そして、俺の方を見たと思えば涙目になりながら目で助けを求めてきた。


 断ろうにも断りづらい、権力とはそういうものだ。


 これを一番面白く思っていないのはアララ様なのは間違いない。


 横目でちらりと見ても、全身から怒りと嫉妬のオーラが隠さず漏れ出ている。顔には出ていないし、俺の目にはそう映っている。


 あの感情を力に変換できたなら、アララ様は魔女となり名を轟かせることは可能だろう。


 ちなみに、魔法とは別に呪いという戦い方もある。こちらは俺の力の源の悪感情を大いに利用した者であり、禁術とも呼ばれている。


 恐らく俺が今後奥の手として使うことになるであろう禁術だが、今は漏れ出ている悪感情を取り込みつつ、頭脳を高速回転させる。


 ここでニーニェが断ったら王族としてのプライドを傷つけることは必須、しかし受け入れたらアララ様の心証が著しく悪くなる。


 これはもう寝取られたと言われてもおかしくはない。公爵に喧嘩を売るのは明らかに悪手だ、無駄に多くの敵を作ってしまうことになる!


 父上だって常日頃権力争いに関わっているとはいえど王族が関わる問題に足を突っ込みたくないはずだ。


 ここは俺が割り込むしか無い。流石にアララ様に恥をかかせるのは王族貴族以前に男としてダメだろう。


「殿下、お戯れを。妹に声をかけていただけるのは光栄ですが、相応しき花を愛でるのが良いでしょう?」


「む、君はボロトー嬢の兄か。いやはや、美しき花を愛でるのは当然だろう?」


「既に花を抱えたまま新たな花を摘もうとすれば、抱えてる花が落ちてしまいます。非も無く急に見向きされなくなる花がどう思うのやら」


「別に良いだろう?落ちたのなら仕方ない」


 別に良いだろう?…………別に良いだろう!?


 お前、かなり抽象的に伝えたつもりが何も分かってないだろうこいつ!いや、何も考えてないだろ!


 そりゃあニーニェは贔屓目ありとは言えど美しい花なのは間違いないが、アララ様も贔屓目なしで美しい花であるのは周知の事実。


 周りも何言ってるんだこいつと驚いて顔を青ざめてるぞ!


 王族と貴族の関係を口にするのは憚れる、仲が良いことが前提とは言わないが正面から喧嘩を売りに行くことはやめてくれ!


 ついでに俺たちにも飛び火するから本当にやめろ!人間関係や社会情勢は単純な力では解決できないんだぞ!


「落としたものが真に美しかったと後悔する話は少なくありません。失ってから価値を知り、そのため泣くということも…………」


「落ちたのには理由があるからだろう?」


「その先の話をですねぇ…………妹と向き合わずこちらを向いてください殿下」


 俺の話を無視して再び妹に熱い視線を送る第三王子。そろそろ殴り倒してやろうかと言う気持ちになって来たぞ。


 第三王子を止める人間が俺しかいない時点で、実は手を回されていたりするのかと疑ってしまう。


 だが俺は止めなければならない、不興を買おうと家と妹を守るために、切実にやめてくれ!


「殿下、アララ様はどうするのです」


 もはや隠喩では動きづらいと判断した俺はダイレクトに伝えなければならない。


 アララ様も怒りと呆れを通り越して悲しんでいる。ポロポロと涙を流すあの方を放置しておくほど男として廃れてはいない。


「後でいいだろう?いい加減うるさいな」


「これまでの通例は婚約者と踊るのが先。不用意な前例を作ってしまうのは今後よろしくない、貴方の行動1つで全てが大きく動くかもしれないことをご自覚していただきたいのです」


「順番こそ自由だろう!お前は私の母上か!」


「王妃様であるなら命がいくらあっても足りません」


「どういう意味だ貴様ぁ!」


 顔を真っ赤にして起こっているが、教育に厳しい王宮でこのような失態を犯したら死ぬまで叩かれる可能性は否定できない。


「妹よりも殿下の隣に立つために努力してきた方を見てください!アララ様の努力をないがしろにする気ですか!」


 ここまで言って何も聞かなかったら妹を連れて出る。ニーニェに悪いが、この茶番をこれ以上引き延ばすわけにはいかない。


 もはやどう転んでもアララ様の面子はズタボロ、最低限こちらからフォローしなければならないのに、どうしてこんなに悪感情を向けられなければらなないんだ!


 よく言ったと思っている者も居れば、不敬者と憤る者も居る。後者はお前が殿下を止めろよ、忠臣だろう?


「…………そうか、分かった。お前の言いたいことは」


 顔を真っ赤にしつつも第三王子は何かを使用人に耳打ちした。


 皆が空白の時間を待っていると、使用人が蒼い顔で急ぎながら早歩きで何かを赤いクッションに持って来てやってきた。


 その上に乗っているのは白い手袋。分かる者には分かる、今から第三王子が何をしようとするのかを。


「決闘だ!私を侮辱したことは、簡単に許さんぞ!」


 お前が侮辱してるのは、お前の婚約者であるアララ様だよ。


 もはや泣き崩れいたたまれなくなったアララ様と、今にも泣き出してもおかしくないニーニェと激怒する第三王子の前で不敬・・にも俺は思った。

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