第4話 悪意ダラダラ

 妹のニーニェとその従者らと共に王宮へ入場した俺は、久しぶりに派手に行われているパーティーにようやく参加できた。


 正確に言うとニーニェは初めから居たが俺だけ途中参加で目立っているというだけだ。


 最初は挨拶からの立食パーティーで始まり、ある程度皆が腹を満たしたら舞踏会に早変わり、という流れだった。


 立食パーティーの方は殆ど終盤で使用人らが空になっている皿と少し残ってはいるが誰も手を付けず残飯になる皿を片付けていく様子が見られる。


 ちなみに、俺は空腹である。


 だって考えてみて欲しい、ほとんど休まず、休みらしい休みはモルガのところで着替えた時くらいで殆どが歩くか魔法を使いっぱなしだ。


 それだけがんばったら消耗するのは当然で、今も腹の音が鳴りそうなのを我慢しているくらいだ。


 とても腹が減った、しかし来た際に渡されるウェルカムドリンクのワインしかない。こんなものを空腹状態で飲んだら絶対に二日酔いする。


「兄様、あそこならまだ食事がとれます……わ」


 ニーニェがほとんど手を付けられていない食事を見つけたようで、しかも俺の空腹を察知したのか若干怪しい語尾が付きそうになりながらも誘ってくる。


「そうか、一つ踊る前に少し頂こうか」


 兄としては恥ずかしいがありがたいことには変わりなく、妹の誘いに乗って俺は食事が残っているテーブル付近まで行く。


 残っているのは…………草だコレ。またの名をサラダ。


 貴族の食事は平民と比べて豪華ではあるが、パーティー、それも国営のものとなれば肉類が多く出される。


 家畜を潰して食べる肉は間違いなく高級であり、逆にこういう場で出されるサラダは肉を多く食べた貴族達が残して、残飯として使用人の間食になる事が多い。


 しかし何振りかまっていられない、俺は空腹なんだ。


 サラダの新鮮な緑色の葉っぱに手を伸ばし、みずみずしさと薄っすらかかっている胡椒の辛さを感じながら空腹を埋めていく。


「あれがボロトー侯爵のせがれですか」


「遅れてきた挙句に草をまあムシャムシャと」


「アレは牛か?将来が楽しみだ」


「白と黒の貧相な格好だ、牛で間違いない」


「めでたい席で控えた格好とは。分かっているのだろうか奴は」


 人の食事光景を目にして悪口がよく出ると思う。誰かを蹴落とし、陰で馬鹿にして権威を落とそうとする小物がやることなのだが。


 空腹には抗えないのでモシャモシャとサラダを食べながら周りを観察する。


 目に見える範囲ではこちらを見て馬鹿にするような顔をしてるか、何故今になってやってきたのかという疑問を持った顔の人間しかいない。


 憧れと尊敬の感情も混じっているが、悪意や嫉妬の方が上回っている。


 力を得た事によって判別がとてもし易くなっている。主に肉眼では表情や声の機微でしか分からなかったものが、目に見えて黒いモヤのようなものが写っている。


 やはり、俺の力はあるものが源になっている。


 ろくでもない、そんな事を考えつつもサラダである程度腹を満たすことは出来た。


 少なくなったテーブル上の皿は片付けられ、いよいよ社交ダンスの時間が始まる。


 大抵は男女で、気になっている人を誘うか、婚約者同士で踊るかだ。


 第三王子には婚約者がいるし、妹も多感なお年頃だ。俺は…………顔は悪くないんだが如何せん普段の態度が厳しいせいで近寄る人はいない。


 むしろ俺が邪魔でニーニェに近寄れない雰囲気まである。


「俺はどこかで見ておく。お前はパーティーを楽しんでこい」


「兄様はいいのですか?」


「自分の嫌われ具合くらいわかっている」


 ニーニェに心配されつつではあるが、周りを大体見通せるように端に寄りながら周囲を観察する。


 俺の力の根源、それは『生きとし生けるものの負の感情』。


 はっきり言ってとても大雑把なものと文句を言いたいが、大雑把である故に底が見えない貯蓄と恐ろしい出力が存在する。


 力の元になる感情は侮蔑や嫉妬、憎悪と言う目に見えて悪いものだけでなく、心身問わず傷ついたときの痛み、空腹、我慢…………生物が辛いと感じる事象全てが力となる。


 それが過去、現在まで生きてきた生物が貯蓄し続けたモノをいきなり俺のものになった感覚。到底心地よいものとは思えない力が常に身体の中で渦巻いている。


 制御できているのが不思議だ。今もこちらを伺っている位の低い貴族達の悪感情が流れてきているというのに。


 しかし、侮蔑や嫉妬は多くとも意外と驚きの感情は少ない。誰とも踊らないかという疑問を持つ者も居るが、あいにくだが暗殺された後の身で踊る気にはなれん。


 俺が思っているよりも後ろめたい奴はこの場にはいないのかもしれない。


 ほとんどが学生という20歳にもなっていない若者が中心のパーティーで暗殺というリスクが高く思慮深いやらかしをするはずもないか。


 と、宮廷専属の音楽隊によって舞踏会の音楽が流れ始めた。第三王子殿下が婚約者と共にダンスを始めてから他の者たちが主役を中心に、添え物のように目立たず、されど品を落とさず踊るのが鉄則。


 ニーニェは、どうやら相手が見つからなかったというよりも見繕った結果、誰とも踊らず観賞するだけにとどまったらしい。


 全員が全人踊る必要もない。観客がいなければ舞台は輝くことがないのだから。


 第三王子が壇上から降りて婚約者と共に…………えっ。


「どうしたんだ?アララ様(第三王子の婚約者)を置いていってるぞ」


「いくらそそっかしい殿下でも、他の方とまさかそんな」


 周囲も困惑の声が混じっている。俺も困惑している。何故アララ様を置いて進み続ける?


 その視線の先にはニーニェ、我が可愛い妹がいる。


 まさか、そんな、やめてくれよ、ここ一応公の場なんだけど、そんな、婚約者を置いて他の女と踊るなんて。


「ボロトー嬢、私と一曲どうか?」


 ………………………………マジかよ。


 やりやがった!馬鹿第三王子以外全員困惑してる中でこの野郎やりやがった!


 アララ様は公爵、俺たちボロトー侯爵よりも地位の高い人間の娘なのにダンスを申し込みやがった!


 不味いぞ、正妻になるはずのアララ様をないがしろにしたら俺たちのところにも非難が来る。アララ様と第三王子をくっつけるのに裏方の苦労が水の泡になってしまう!


 最悪の場合、家が取り潰しになるレベルの失態を押し付けられ追われるか、もしくはニーニェが暗殺される可能性がある。


 腹違いでも俺の家族だ。面子もあるし情も当然ある人間を殺されてなるものか。


 踏み込みたく無い貴族としての暗い戦いに、俺は足を踏み込むしかなかった。

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