第3話 たった1人の質素な貴族


 貴族とは見栄と誇りと権力の塊である。力はこの3つの次にある。


 何故なら力は後方でふんぞり返る偉いやつよりも前線で消耗品のように扱われる人間が持っていたらいいのだから、護衛として侍らせる程度だ。


 ただし、俺のような力を持った一部の貴族はちょっとした冷害に当てはまる。


 前線に配置される代わりに与えられる権力もそこそこ大きい。ちょっとした特権と言う奴である。


 しかし社交界には力は不要。そんなものは騎士にでも任せたらいい。


 そんな社交界に刺繍もない質素な白シャツと黒ズボンのみで、今パーティーに参加しようとしている。


 再びの襲撃を恐れて徒歩でやってきたせいで王城門前で足止めを食らう。


「俺はリクト・ボロトーだ。ボロトー侯爵の跡取り息子と言えば分かるか?身元の方は、先に妹が来ているはずだから呼んでくれ」


 すっかりパーティーに出遅れてしまった俺は門番に怪しまれてしまった。


 ひそひそと「本当にボロトー侯爵の息子か?」とか「王子の誕生日パーティーがある事を知りながらどうして着飾っていない」とか言われているのが嫌に耳に入る。


 これも新しい力のせいか、悪口のような言葉が次々に耳に入る。


 中には詐欺師ではないかと怪しむ者までいる。その疑問は正しいので否定はできない。


 ただ言葉だけで押し入ろうとするなら力づくで止められるだろう。伊達に城門を守っている門番が弱いはずもなく、力を手に入れる前の俺だったら苦労しただろう。


 それに、第3王子とはいえ王位継承権を持つ人間と接点を持つ機会に年齢関係なく出席する貴族は多い。俺も、また妹もその一人だ。


 俺が偽物かどうかの判別をする一番の方法は身内に確認してもらうこと。実は刺客で呼ばれた人間が害されないように一定の距離を置くことが条件ではあるが、真偽を確かめるには一番いい。


「兄様!いつの間に王都へ入られたのですか!?」


 ドレスをつまみながらトテトテと可愛らしく走ってくる妹、ニーニェ・ボロトーが俺を詰めつつも心配して言う。


 慌てて来たのか従者を置き去りにしかけてる所を見るとヤンチャであった名残は消えていないのが実感する。


「色々あった、心配かけたな」


「心配って、兄様に限ってそんな…………」


「気を付けろ、どこで狙われてるか分からない」


「っ!?に、兄さま、まさか…………」


「後のことは屋敷で話す」


 ニーニェは俺より2つ年下で、なかなかやんちゃで手のかかる妹だった。今は教育係の手によってしおらしい態度を取れてはいるがボロが出る時は思いっきり出る。


 父上や俺と同じ黒髪をくるくるとロールに巻いた若干吊り目でありながらあどけなさを残す顔で困惑するも周りをチラリと見渡すあたり、教育は行き届いていてなによりだ。


 貴族社会は味方であっても油断すると突き落とされる。後釜や人気を狙う人間がとても多い事多い事。たとえ取り巻きであろうとある程度、その人間性と周囲を知っておかなければ多少の信用を置くことは出来ない。


 ニーニェも例にもれず教育を受けており、さらに下2人の妹も同じように教育を受けている。


 妹が多くないかと言われたら否定はできない。俺とした2人の妹は父上の正妻の息子でニーニェは側室の子。他は居ないため、必然的に俺が家督を継ぐことになる。


 だからこそなのだろう、俺が死んだら今ここで心配と困惑が混ざった顔をしているニーニェや下2人の妹の誰かが継ぐことになり、女当主の旦那となって家督を奪おうと画策しているのだろう。


 意地でも死んでやるものか、消えてやるものか。


 


「兄様、お顔が怖いです。皆の前では少し柔和に」


 そんなに怖い顔をしていたのだろうか、妹の言うとおり硬くなった表情を少し和らげる。


 僅かでもほおを緩め、にこやかにできるよう努めなければ。


「に、兄さま、そんな顔もできたん…………じゃなくて出来たのですか?」


「何がだ?」


「笑うなんて久しぶりだから、驚いて」


 笑うことが久しぶり?言われてみれば確かにそうだ、ここ最近笑った記憶がない。


 実家では勉強浸けで下2人の妹にかまうことがなく、学園内でもピリピリとした雰囲気から舐められないように固く、そして規律正しく、そして厳しい姿勢でいた。


 最後に笑ったのはいつだったか、もう覚えていない暗い遠い昔のような気がする。


「それに、なんだか変な魅力が付いたような気も…………」


「それは気のせいだろう、そろそろ行くぞ」


 確認のためにニーニェを連れてきた門番に視線を送り、無言の通行許可を得てから入城する。


 妹の隣を歩くだけで視線が集まるのはいつものこと。俺だって顔が知られている方であり、ニーニェも美しい人間に当てはまるため注目されるのは当たり前である。


「今更ですが兄様、服装はそれでよろしいのですか?」


「ああ、この方が何があったか分かりやすいからな」


 豪華なパーティに質素な服装、それが侯爵の息子がそんな格好しているなら可笑しいと思うだろう。


 皆の反応が楽しみだ。何があったかを察するか、何も気づかず馬鹿にするか。


 それとも何故生きていると思った感情を出すか。


 力を得てから何故か今までより強く感じ取れるようになった『悪感情』が身体に刺さり続けているが、今は気にならない。


 俺を殺した・・・代償は、近いうちに払わせるのだから。

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