悪役貴族っぽいんだけどパラレルワールドの俺と繋がったら悪役どころじゃない

蓮太郎

第1話 こんにちは、パラレルワールドの俺

「やあ、ここにいるという事は君は死んだという訳だ」


 真っ黒な部屋に2つの椅子。その1つに座って本を読む『俺』が淡々と告げた。


「何で自分がいるかって顔をしているな。話は長くなるから座ってくれ」


 自分に促されるままに座る。


 自分が何故ここにいるかはぼんやりして思い出せない。


 疑問は尽きない。何故ここに自分がいるのか、同じ顔をした人間がいるのか、ここはどこなのか、なぜ死んだのか。


「自己紹介をしよう。俺はお前、同じ『リクト』の名を持つ者だ。名字はまあ、別にいいだろう。最初に質問しておくが、パラレルワールドと言う単語は知っているか?」


 目の前の自分が言った単語に心当たりがないため首を横に振った。


「俺は『もしも』の可能性から分岐した、全く別の過去、現在、未来から来た存在だ。簡単に言うと、お前が朝食のパンに何も塗らずに食べた。だが俺はジャムを塗ったという違いがあった世界があると考えた方が良い」


 俺はあまり理解できなかった。だが、目の前にいる『俺』は自分よりも年上に見えるため、未来から来た存在と勝手に思い込んでおくとする。


「難しかったか?まあ文明レベルから相当違うからな、理解するのはもっと後でもいい」


 ぱたん、と『俺』は本を勢いよく閉じた。


「それよりも、今はお前が死んだことだ。このままだと普通に自我が消えて本当の意味で死ぬ」


 死ぬのは嫌だ。


「それでこそ俺だ。どんな苦難があろうと生き延びる、まあたいてい死ぬけど」


 ゆっくりと立ち上がった『俺』は本を閉じて俺に近づいてくる。


 うぬぼれの自覚はあるがどう見ても整った顔をしている『俺』の一挙手一投足は様になる。


「起きろ、そしてもっと死んでこい」


 とん、と俺の額を人差し指でつつくと『俺』との距離が突然引き離されていく。


「しっかり自我を保てよ。これから先は苦難ばっかりだぞ」


 最後に『俺』の忠告が聞こえ、そして見えなくなった瞬間に全身が水で包まれた。


『俺も頑張るから…………うわなにするやめ』


 川の流れのようにぐるぐると回り続け、そして息が苦しくなる。


 さっきの『俺』の最後の声が聞こえた気がしたが最後まで聞こえなかった。


 いや、聞くことすらできないくらい命の危機に晒されてる事でそちらに気を割くここができない。


 必死にもがいて、ざぱっと川から顔を出すことができた。


「はぁっ!はあっ!ど、どうなって…………っ!」


 なんとか息をしながらも川岸へと必死に泳ぐ。


 息を整えて曖昧になっていた記憶が徐々に戻ってくる。


 そうだ、俺は暗殺されかけたのだ。


 俺の名前はリクト・ボロトー、由緒正しきボロトー侯爵の長男であり跡取り息子である。


 実家に戻って貴族である俺は当主になるための勉強をしていたが、パーティーの招待を受けため王宮へ出向く途中だった。


 馬車に乗って移動している道中、謎の騎士らしい奴らに襲われた。


 貴族としても上流である俺はもちろん抵抗したのだが相手の数が多すぎた。


 1人、また1人と屠ってはいたが袈裟斬りにされて川へ突き落とされたのだ。


 しかし身体には水に浸かって濡れた服の冷たさしかない。


 傷の痛みも、跡も残っていない。


「一体何が…………」


 訳が分からない、それでも自分の中で何か新しい力が湧いてくる、いや滲み出てくるというのが正しいか。


 下手に気を抜くと制御できないようなドス黒いもの、明らかに人の手に余るもの。


 でも意外と問題ない。もしかすると、この力が俺を無事に救ってくれたのかもしれない。


 もう1人の『俺』と出会った記憶はまだ残っている。


 もう一つの世界の『俺』と繋がったから力も共有された?


 その力を検証しなければならない。本当に恐ろしいものであるならば使う事は控えなければ目をつけられるからだ。


「…………どうやって戻ろうか」


 気づいてしまった、帰るための足が無い。


 従者は当然ついてくるわけもなく、何なら馬車すら略奪されているのは間違いない。


 徒歩で行くしかない。もうドレスコードも関係なく多少汚れたままでパーティーに行くしかないぞこれは。


 全く、これからのことを考えたら頭が痛い。


 あの騎士のような暗殺者は明らかに野盗ではない。奇襲だったが小綺麗だったし、明らかに何処ぞの暗部が差し向けた刺客だった。


 うわー、嫌だなー。地理を考えたら近くに村もないので歩いて目的地に行くしか無いこともだが、暗殺されたと思ったやつがノコノコ顔を出すというびっくり仕様だ。


 もしかしたら参加するパーティに刺客を差し向けた相手がいるかもしれないという憂鬱。


 誰が敵で、誰が味方か。せめて家族は味方でいて欲しいが、人間の暗い面はいくらでもある。


 せめて関係が良いと思っている相手では無いかと願うばかり。


 気落ちしたまま、魔法で服を乾かしながら 俺は歩いた。


 これから起こるであろう騒動を考えながら、そして得てしまった新たな力をどうするか。

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