第8話 強さの価値


 最初は第三王子らのずっこけから始まった決闘、この時点でもはや名誉どころか相手に腹を見せた状態で転んだので負けのような物だが諦めるはずもないだろう。


 何故なら婚約者をフってまで俺の妹に手を出そうとしたからだ、簡単に諦めるはずがない。


「こ、この!何をしてる!早く行くぞ!」


 顔を真っ赤にしながら起き上がり、なんとか俺の元にまで行こうとする。


 だが簡単に近づけはさせない。今度は足を出す瞬間にちょっとした段差を作り躓かせる。


 倒れこむところに土くれをはじいて顔面をさらに強打させる。


 はは、痛みでひっくり返ってら。乾いた笑いしか出ないや。


「お、王族相手にあそこまで?」


「いや、よく見ろ。基礎のものしか使ってないぞ」


「初手の地滑りは見事だった。ただ、魔法のランクで言うと大したことがない物なんだがなぁ」


「つまづかせた土も、あれは魔力が少しあれば誰でも出来るものでは?」


「第3王子、流石にこれは無い…………」


 あまりにも無様な姿に嘆く声が聞こえてくる。


 もはや士気も最低となっているのだが、ここで諦めるのは男が廃るといいたいのか、足をプルプルさせながら何とか起き上がる第三王子。


 従者の騎士ももう少し頑張ってほしいが、そもそもやる気が見えないのでどうしようもない。


「かかれっ!まだ、まだだ!」


「殿下、まだ間に合います。アララ様との関係を考え直してください」


「黙れ!お前ごときが意見するつもりか!」


「意見ではなく陳情です」


 まだ襲い掛かろうとする第三王子を眺め、ここまで物事に執着するのはおかしいと思ったりする。


 王族故に制限が多いのは理解できる。娯楽だって貴族が平民の遊びを知らないように、またその逆もそうだが、もし知ってしまうと興味本位で試し、はまってしまうこともある。


 最もたるのがギャンブルだが、色恋も博打のような物か。当たれば大儲け、外れたら恥。


「気乗りしないが、御免!」


 何とかやる気を振り絞った騎士が、足元の妨害を潜り抜けてようやく俺の元へ来た。


 刃が潰された剣を振り上げ、俺を気絶させようと振り下ろす。


 それに合わせて俺はステッキの手持ち部分から接続部を掴み、持ち手と剣をぶつけ合わせる。


 ただぶつけるのではなく、純粋な魔力でコーティングしたステッキはそこらの鉄よりも固くなる。


 剣も魔力を纏えば更に硬くなるのだが、残念なことに名誉も誇りもない決闘の場でそこまで気にすることがないのでこちらが押し勝った。


 剣をはじかれてよろけた隙に、顔面に水の塊を叩き込む。


 魔法で作った水の塊は不意打ちで受けるとかなりの衝撃となる。


 水は意外と質量があって鋭く入ってしまうと下手な鈍器よりもダメージが大きい。


 実際、俺が暗殺された際に川の流れになかなか抗えなかったように、自然の中で脅威となる物質の一つと言えよう。


 やる気はないとはいえ仕事の一環、彼らの立場には同情の念が勝ってしまう。


 かといって俺も負けられない。負けたら俺の名誉だけでなく妹も盗られた上にアララ様が一つ下の貴族に王子を寝取られたという傷までついてしまう。


「悪いが、負けてやるほど余裕はないんでね」


 俺に宿る魔力は決して無尽蔵ではない。力を手に入れてから大きく増えたのは間違いないが、今ここで全力を出したとしても実体は1%どころか爪先もない。


 そもそも、俺自身が大きな個体の中から切り出されたかけらのようなものだ。俺が死ぬたびに意志を引き継いだ新たな俺が…………


 何を言ってるんだ俺は?


「くっ、棒立ちに見えてかなり強固な守りを…………!」


「何をしているお前たち、早くあいつを倒せ!」


「策はあるって言うんですか!正面から攻めても水で押し返されて、囲んで攻めると土で弾かれる!」


「簡単に勝てると思ってなかったけど…………いや、これは団長の言う通り良い訓練になる」


「訓練ではない!決闘だ!」


 彼らも仕事と言うよりかは対魔法使いと言った感じになってきている。


 第三王子が怒り狂っているが関係ない、俺もあんなやつよりも騎士団の若者と楽しむ方が何倍もいい。


 従者の騎士たちは何度も魔法を打ち込んでも立ち上がり、どうにかして俺に一太刀浴びせようと躍起になるが、俺からすればゆっくりで猪突猛進の攻撃は魔法を置き攻めするだけで簡単に転ばすことが出来てしまう。


 観客の貴族たちも「いいぞボロトーのせがれ!」だの「魔法をいなさんかー!」など野次が飛ぶようになってきた。


 もはや第三王子は誰の目にも入っていない。


「お、おのれええ!お前たちも私を無視するな!私が、私が主役なんだぞ!」


 トマトよりも赤い顔の第三王子が怒りの雄たけびと共についに突進をしてきた。


 へとへとの従者らはもはや共に征くこともなく、ただ一人ぼっちでの突撃。


 何の価値もない行動に俺はあきれてしまう。一人の俺が言うのも何だが、人数がいるなら連携するのが鉄板なのに、2度目に転ばされてからはずっとわめくことばかりだったからな。


 決着をつけようと第三王子に向けてステッキを用いて魔法を放とうとしたその時だった。


「……………………っ!?」


 身体が動かない。まるで金縛りにあったかのように、完全に俺の意思で停止しているのではなく外部からの干渉で体が動かない!


 完全に油断していたのが悪かった。簡単に金縛りをほどくことは出来たはずなのに、数秒かかって金縛りを解く時間を有してしまった。


 その間に第三王子は俺の眼前まで迫り、剣を振りぬいた。


 宙を舞う赤い液体、遅れてやってくる焼けるような痛み、そして悲鳴。


「兄さまーーーーー!」


 俺は、第三王子に斬られた。


 妹が俺を呼んだ声で斬られて混乱した頭に冷静さが戻り、何故か驚いている様子の第三王子の頭をおもいっきりステッキでしばいた。


 魔力を込めたので相当な一撃だっただろう、顔から地面にスライディングするように滑り、そして痙攣する様を見て俺は膝をついた。


 あまりに油断しすぎた、つい最近、おれは暗殺をされたから、またねらわれない、ということはなかった…………


 そんな後悔と共に、俺の意識は暗闇に落ちた。


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