第3話

「もしもし――――」

「おっ、女性ですか」


 ハンズフリー機能を使用した携帯電話のスピーカーから聞こえてきたのは、ボイスチェンジャーが使われた日本語の男の声だった。先ほどの電話番号が+からはじまっていたため、わたしは海外からの着信だと考え、外国人が電話の向こう側にいるのだと勝手に思っていた。


「誰?」

「私は『革命の鷹』です。そこの爆弾を仕掛けた張本人ですよ」

「なるほどね。それで何の用、いま忙しいんだけれど」

 そう答えてから、わたしはちらりと残り時間を確認した。タイマーの数字は残り3分と表示されている。


「ええ、わかっています。あと3分ですよね。ちょっとお話をしませんか、起爆装置のタイマーを止めますので」

「そんなこと出来るの?」

「ええ。だって、私が作ったのですから。えーと、お名前をうかがってもよろしいですか」


 わたしは少し考えてから、本名を名乗ることにした。


「……加藤」

「加藤さんですね。えーと、加藤さんは……下の名前も教えてくださいよ」

永遠とわだよ」

「いい名前ですね。永遠さんは警視庁の方ですよね」

「そうだよ。そっちは何て呼べばいい」

「私のことはとでも呼んでください」

「わかった。それで、時間を止めるの、止めないの? 止めないっていうなら、電話を切るけれど」

「おっと、主導権を握ろうとしましたね。まあ、いいでしょう。永遠さんと少し話がしたいので、タイマーは止めます」

 ボムがそう言うと、本当にタイマーが停止した。残り時間は2分23秒である。


 わたしはタイマーが止まったことを確認すると、配線をじっと見つめた。どの線を切断すれば、この爆弾が起爆しないようになるか。それを考えながら、ボムに話しかける。


「止まった。本当に止められるんだ」

「ええ。そのくらいのことは出来ますよ。でも、近くにいて遠隔操作で爆弾のタイマーを止めたとか思わないでくださいね。先に言っておきますけれど、私はこのコンサート会場のシステムをハッキングしていますので、そこを踏み台にして爆弾をリモート操作しています」

「そうなの。すごいじゃん」

「そんなに褒めないでくださいよ、永遠さん」

 嬉しそうにボムは笑いながらいった。


「それで、わたしとしたい話っていうのは、何?」

「我々がなぜ爆弾を仕掛けたのか、という話です。犯行声明の方はご覧になられましたか」

「見てない。だって、わたしは現場にいるんだから」

「そうですよね」

 ボムはまた笑い声をあげた。

 よく笑う男だ。わたしはそう思いながらも、ボムの話に耳を傾けた。


 イヤホンの向こう側では、宍戸隊長が話を「引き延ばせ」と指示を出してくる。

 時間を稼いで、犯人の居場所特定を行うつもりのようだ。


「まあ、いいでしょう。我々『革命の鷹』は現在の日本政府のやり方に不満を持っています。増税、増税で国民を苦しめ、経済を回すといいながら、利益を得られるのは元から金を持っている人間たちだけ。日経平均株価がバブル以来の高値水準だとかいって、国民に好景気がやってくるような幻想を抱かせて、また増税。自分たちに都合の悪い報道がされれば、別のニュースをでっち上げて、情報を隠す。そんな日本政府のやり方に……」


 ボムの演説中だったが、わたしはそれを遮るように口をはさんだ。


「あのさあ、だったら爆弾じゃなくて、あんたが政治家になって政治を変えなよ」

「え?」

「爆弾じゃ、何も変わらないよ」

「え……」

 そう言った後、ボムは急に黙り込んでしまった。

 

「もしもし?」

「……気が変わりました」

 急にボムの声のトーンが低くなる。


「なにが?」

「ここ以外にある二か所の爆弾を爆破させます」

 爆弾は全部で三か所に仕掛けられていた。あと二か所には別の爆発物処理班が向かって対応しているはずである。

 そちらの対処が終わっているのかどうか、それはわからないことだった。


「どうして?」

「爆弾で何かが変わるということを永遠さんに教えてあげたいからですよ」

「そんなことしたって、何かが変わることはないでしょ」

「やってみなければ、わかりませんよ、永遠さん」

「バッカじゃないの。そんなこともわからないわけ。爆弾を爆発させたところでなにも変わらないの。あんたが思っているほど、世の中の仕組みっていうのは単純じゃないのよ」

 思わずわたしはキレてしまっていた。こういう馬鹿がいるせいで、わたしの仕事は無くならない。わたしのしている仕事は、本当ならば世の中から無くなるべき仕事だと、わたしは思っている。


『他の班の処理は完了している。あとはここだけだ』

 イヤホンから宍戸隊長の声が聞こえてきた。


 わたしは目の前にある爆弾装置に目を移した。

 赤、青、緑、黄色……。どれもダミーだ。本当にC4爆薬を起爆させるための線は……。


「楽しかったですよ、永遠さん。あなたと話が出来て良かった」

「ちょ……」


 電話は切れていた。

 そして、起爆装置のタイマーが再び作動しはじめた。


 しかも、残り時間は10秒と短縮されている。


 どうする、どうするよ、永遠。

 時間が無いぞ。

 答えはわかっているはず。

 でも、間違っていたら、どうしよう。

 大丈夫、自分を信じて、永遠。

 さあ、やろう。


 わたしは大きく息を吐きだすと、すべての神経を集中させ、黒のビニール銅線をニッパ―で切断した。


 残り時間3秒。

 そこでタイマーの表示は消えた。

 まさに危機一髪だった。


 起爆装置を解除した爆弾を液体窒素入りの対爆用バケツに丁寧にしまうと、わたしはマイクの向こう側に言葉を送った。


「任務完了。加藤永遠、帰還します」




《Close Call 了》

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Close Call 大隅 スミヲ @smee

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