その53 左町さんはニヤけてしまう

 セプトは主人公サイドの女神。言わば正義の味方だ。そりゃ行くでしょ。

 でもなんで? なんでオレが行かなきゃならんの?

 なんで「ふんっ」って態度を取られなきゃならんの?

 なーにあれ? 行かん、行かん。ぜーったい行かん!


 ……とは……言うものの……出来れば女神は助けときたい。セブンセンスとお近づきになる為にも……


 それに……女神を全員助けると昨夜誓ったばかりだ。

 しかも……だ。セプトは、モウスが自分の命と引き換えにして守った女神なのだ。

 それが、翌日に……

 いやー……セプトったら、たまたま出会でくわしたモンスターに殺されちゃいましたー(笑)

 なんて、あんまりじゃないか? モウスが浮かばれない。

 ぬぐぐ……

 

「あっー! クソッ!」

 

 とにかくジャイアント・オーガがいるであろう場所に向かって走り出す。

 これは決して助けにいくんじゃない! 様子見だ! 様子見!

 

 

 

 ────────

 

 

 

 目撃した付近まで来ると爆発音が耳に飛び込んで来る。そちらに目をやるとセプトが大砲でジャイアント・オーガを撃ちまくっていた。


 なにアイツ……あんなんまで出せるの?

 しかし、見た目のインパクトのわりにジャイアント・オーガにダメージが入ってるいる様子はない。

 セプトも必死に応戦しているようだが、あれ以上の火力がないならばどうにもならないだろう。


「早く逃げろよ……」


 遠目からハラハラしながら見守るがセプトが後退しようとする気配はない。

 どうする? 行くか?

 いや……でも……

 迷いながらも上着のポケットに手を入れ『英雄殺し』を掴む……


「ん?」


 あ……いや……ない……あれ?

 いつも入れてる上着の右のポケットに『英雄殺し』がない。

 え? うそ? マジで?

 ない! ない! ない! ない! ない!!

 えー!? うそぉー!?


 右のポケットを必死にまさぐるも『英雄殺し』は見当たらない。

 そうこうしているうちにセプトはジャイアント・オーガに吹き飛ばされてしまった。

 上着を脱いでポケットをひっくり返すほどの本腰入れての大捜索をする余裕はない。


「あわわわわばばばば……し、身体能力5倍!」


 身体能力5倍を発動させジャイアント・オーガに向かって駆け出した。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 以上回想終了……。現在に至るわけだ……。

 二人抱えて走っている為、『英雄殺し』を探すことすら出来ん……。とにかく今は死に物狂いで逃げるしかない。

 

「おおおおおおお! セプト! アイツ追っかけて来てんのか?」

 

 右肩に後ろ向きに抱えているセプトに状況を聞く。

 いや、めっちゃ追いかけて来てんのはヤツの盛大な足音で分かってる。要するに追い付かれそうか否かを聞きたかったのだ。セプトもそこは分かってるようで

 

「……このままじゃ追い付かれるね」

 

 と答えた。くそっ……『英雄殺し』さえあればあんなデカブツ……

 

「マルチ! 上着のポケットに短剣が入ってないか? 手は入れるなよ! 絶対に! 上から触って確認しろ!」

 

「へ? え……えっと……」

 

 マルチが上着ポケット付近をまさぐる。

 

「あ、ありません」

 

「じゃ、じゃあ反対側は? ズボンのポケットは!?」

 

「え……ええと……」

 

 前向きに小脇に抱えたマルチを使い『英雄殺し』の大捜索を始める。のだが……

 

「う……お、おい。そこは……ちが……」

 

「え? あ、あわわ。スミマセン!」


 マルチはズボンをまさぐっているうちにオレのデリケートなゾーンに到達してしまう。こんな時じゃなきゃマジでそいつが『英雄殺し』になってるところだぜ?


「来た! 追い付かれるよ!」


 そんな場合じゃねえ! が……このままじゃなにも出来ん!


「セプト! 武器出せ! 剣でも斧でも……なんでもいい! とにかくデカいヤツだ!」

 

「わ、分かった!」

 

「武器が出たら思いっ切り前に放り投げる! 二人で逃げろ!」

 

「でもアンタは!?」


 セプトは質問しながら目の前に巨大な戦槌を出す。

 目の前の戦槌を手に取る前に前方の茂みに向かって二人を放り投げた。


「行け! 時間を稼ぐ!」


 マンガかアニメでしか見たことがないほど巨大な戦槌だ。ハンマーの部分は洗濯機ほどの大きさがある。

 いやぁー……

 とにかくデカいヤツを……とは言ったが……物事には限度ってあるだろ……と思いながらも、それを手に取ると振り向きざまにジャイアント・オーガの左足のすねに向かって全力の野球スイングを繰り出した。

 ジャイアント・オーガは先程の小指アタックを警戒していたのか。バランスを崩しながらもヒョイと足を上げてこれをかわした。

 が、そこはムロフシよろしく、ハンマー投げの要領でもう一回転加え反対側の足に戦槌を叩き込む。

 ガツン! という音と共にジャイアント・オーガの右のすねの肉をえぐる。

 小指の時は不意を突かれたからだったのか、のたうち回っていたが今回は怯まずに右の拳を打ち下ろしてきた。よくぞ、その巨体で……と思うほどの速度で放たれたジャイアント・オーガの右。

 避けることかなわず戦槌と肩で受けるが、当然威力を殺しきることなど出来ずに近くにあった大木に叩きつけられた。

 ジャイアント・オーガは後ろの巨木ごとオレを捕食すべく大口を開けて飛び掛かってくる。

 

 い、いてぇ……死ぬぅ……

 なにをやってるんだオレは……

 時間を稼ぐ? そんなカッコイイ大人じゃねえだろ? ほとんど話したこともない女一人と背中めった刺しにしたクソ女相手に格好つけてどうする!?

 我先に……逃げ遅れた人間を生け贄に逃げりゃよかったんだよ。


 しかし……


 いや……なるほど……やはり身体能力の強化をすると、どうもいつもの自分ではなくなってしまうようだ。情緒が不安定になるどころではない。

 だって……こんなに痛いのに……

 

 こんなに楽しい。


 おかしな話だ。

 口角があがり、ニヤけている自分がいる。

 

「……身体能力10倍」

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仮想世界のおじさんは英雄を殺す ナカナカカナ @nr1156

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