その52 左町さんは戦いたくない

 地響き方向に目をやると。遠くの木々の間からヌッと緑の巨大な何かが姿を現した。

 

「なんだありゃ……あれも冒険者か?」

 

「んなワケないだろ! あれはジャイアント・オーガだ……」

 

 地響きや爆発音から察するに、どうやら他の冒険者達が戦っているらしい。

 

「マズイな……並みの冒険者じゃ束になってかかっても、どうにもならない。災害級の魔物だぞ」

 

 そう言うとセプトは手に持っていた武器を引き、手元で光と共に大剣を消した。とりあえずは引き下がってくれたようで、こちらも構えを解く。


「ん? じゃあアレは予選の為に王国が準備したってことか?」

 

「バカ言うな! だとしたら冒険者全員皆殺しにするつもりだ。いくらランドルト王でも自国の冒険者達にアレをけしかけるワケが……アレ・・はそんなシロモノじゃない。一時停戦だ。協力しなきゃアイツは倒せない」


 意外にもセプトが共闘を提案してきた。

 

「は? なんで倒す必要があるんだよ」

 

「他の冒険者が襲われてんだぞ! あのままじゃ死人が出るだろ!?」

 

「それも含めての予選だろ。なんでわざわざ危険に近付く必要があんだよ。お前ルール分かってんのか?」

 

 最後まで立っていた32名が予選通過ならば、戦うまでもなく脱落していってくれた方が都合がいい。他の冒険者を助けるなどもってのほかだ。

 

「王国主催の闘技会で罪もない連中が死ぬなんて……私は見過ごせないね。ランドルト王の暴虐を見過ごしているのと一緒だ!」

 

「あっそ。オレはヤダね」


 そう言うとセプトは「フンッ」と鼻を鳴らしてジャイアント・オーガがいる方に駆け出した。

 

「あ。おい! やめとけって!」と止めるがセプトは振り返りもせずに走って行ってしまった。




 ────────




 ジャイアント・オーガ


 ジャイアント・オーガは、巨大な体を持って生まれたオーガの亜種だ。

 皮膚は荒れ、岩や土のような質感である。顔は歪み腫れており、窪んだ丸い目にはおよそ知性などは宿っていない。足は不恰好で爪先は地面を突き刺していた。

 巨大すぎる為、自分の群れを遂には食料として処理してしまったジャイアント・オーガは普段は生き物が近寄らぬ程の標高の山岳部に住み、ほぼ冬眠をしている。が……たまにこうして冬眠から覚め山から降りてきては全てを喰らい尽くす・・・・・・・・・のだ。

 それは10年か……20年に一度行われる。食事はとてつもなく迅速に行われ、その惨劇を目にした者は非常に稀である。目覚めたが最後回避不可避のまさに災害なのである。


 それがまさに今このタイミングで冒険者達を相手に行われようとしていた。

 ジャイアント・オーガとしては、人や家畜の多い集落を狙いたいところだが……なにぶん久しぶりに目覚めたばかりで腹が減っている。そこにちょうど手頃な冒険者達しょくじが現れた。それを喰わぬ道理などないのだ。

 その場に居た最初の冒険者ぎせいしゃは、まず崖の上から飛び降りてきたジャイアント・オーガに、なにが起こったか分からぬまま足元の地面ごと食われてしまった。

 それを目撃していた冒険者達は、逃げればいいものを魔法で攻撃を仕掛ける。

 ジャイアント・オーガはこれに歓喜し雄叫おたびをあげた。逃げ惑い、身を隠すハズの食事がわざわざここに居る・・・・・と知らせてくれているのだ。

 その巨躯に似合わぬ素早さでジャイアント・オーガは次々に冒険者達を捕食していく。

 手で叩き潰し、足で踏み潰し……ついに敗走を始めた者には粉々に砕いた石を投げつけ身動き出来ぬようにした。


 その中の一人、パルデンスの冒険者であるマルチは、足に石つぶてを受けて動けなくなっていた。幸い回復魔法が使えるマルチであったが……無論、ジャイアント・オーガがそれを待つはずもない。

 マルチを捕食するべくジャイアント・オーガは口を開け唾液を飛び散らしながら突進してくる。

 ……が、その口元が突如「ガキャッ!」という大きな音で歪み、ジャイアント・オーガは足を止める。


「こっちに引きつける! 全員今のうちに逃げろ!」


 声の主はセブンセンスの女神の一人セプト。

 武器の女神であるセプトは出現させた大砲で崖の上からジャイアント・オーガを攻撃する。

 しかし着弾した弾は生き物に命中した音とは思えぬ音を立てると、ひしゃげてその場にポトリと落ちた。

 ジャイアント・オーガはターゲットをマルチからセプトに切り替えると猛然と突進を開始する。


「まさか、まったく効かないなんてね……」


 それでも、今砲撃をやめれば他の冒険者達が襲われてしまうかもしれない。セプトは効かないことを承知のうえで後退しながら大砲を出現させ撃ち続ける。

 ジャイアント・オーガはそれをものともせずに崖を強引に登り、あっという間にセプトに肉迫すると巨大な手を振り下ろし叩き潰しにかかる。

 セプトがかろうじてコレを避けると、今度はその手をそのまま横に薙ぎ払う。セプトはその手で払いのけられると為す術なく吹っ飛び、木に叩きつけられた。


「ぐっ……」


 背中を強打し、息が詰まったセプトは体が動かない。数瞬動きが止まっただけだがジャイアント・オーガはそれを見逃さず、捕食する為その手を伸ばした。


「足の小指ぃいいい!」


 セプトが掴まれる寸前で一人の男が叫びながらジャイアント・オーガの足の小指に攻撃を加える。

 左町だ。左町は身体能力を5倍まで高めたサッカーボールキックでもって全力でジャイアント・オーガの足の小指を蹴り飛ばしたのだった。

 ジャイアント・オーガは情けない顔でしかめ面を作ると小指を押さえてのたうち回った。


「ははは! 痛かろう小指アタックは! おい! 立て! 逃げるぞ!」


 左町はセプトの脇を抱えて立たせるがダメージが抜けきってないセプトは返事することすら困難そうに見えた。


「あー! もう!」


 と声をあげると左町はセプトを肩に担いで走り出した。


「おいセプト! まだ逃げ遅れてるヤツとかいるのか?」


 セプトはようやく呼吸を取り戻すと


「し、下だ! 崖の下に足を怪我した冒険者が一人いた!」


 左町は方向転換すると躊躇することなく崖から飛び降りる。


「どっちだ!」


「あっちだ! 木が倒れてる方!」


 セプトに誘導された方向に近付くと冒険者が一人、足に怪我を負いしゃがんでいた。


「マルチ……か?」


 左町は怪我の具合を聞きもせずマルチを抱え上げると、そのまま小脇に抱えて走り始めた。


「サ、サマチ様!?」


 左町は逃げる。振り返らずに。

 普段ならせっかく不意を突けたのだ。攻撃など繰り出さずに『英雄殺し』で消しているところなのだが…。


 なぜ消さずに攻撃を仕掛け、逃げ続けるのか。

 

 そうオレは逃げる。今は振り返らずに逃げるのだ!

 なぜ?

 なぜ? ってそりゃアンタ……

 まあ、時間なかったから本腰入れて探したわけじゃないんだが……

 

『英雄殺し』が見当たらない!!

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