おじいさんの想い出~危機一髪編~

カニカマもどき

縁側にて

 暖かな陽光が降り注ぎ、小鳥のさえずりが聞こえる、のどかな昼過ぎの縁側にて。

 おじいさんは語り始めます。

 あの日の、危機一髪の想い出を。


  *


 あれは、わしの50歳の誕生日のときのことじゃった。

 わしらはフロリダの別荘でパーティーを開いておってな。

 シャンパンを浴びるように飲んで良い気分になったわしは、酔いざましのために、一人で庭へ出たのじゃ。


 月の出ていない、暗い夜じゃった。

 わしは、いつもそうしていたように、庭で飼っているヒツジのケインを撫でようとして探した。

 ケインは――あまりよく見えなかったが――庭の隅のほうで寝そべっているようじゃった。

 今日はもう眠ってしまったかと思いながら、もっと近くでよく見ようとしたとき。

 わしは、恐ろしい光景を目の当たりにした。


 ケインは眠っていたのではなかった――殺されていたのじゃ!

 血の匂いがして――

 ぴちゃぴちゃと、ケインの血をすする、得体のしれない”もの”がそこに居た。

 そう。

 それは、ご存じチュパカブラじゃった!

 猿くらいの大きさのそいつは、驚くほど素早い動きでわしのほうへ向かってきた!


 このままでは、わしもケインと同じように、血を吸われて死んでしまう。

 そう思ってとっさに武器を探したが、持っていたのはパーティー用のクラッカーだけじゃった。

「ええい、ままよ!」

 何か行動を起こさなければやられるという思いから、わしは紐を引いて、クラッカーを鳴らした。

 パアン!

 という乾いた音が、夜の静かな庭に響いた。

「ギギッ?!」

 意外にも効果はてき面でな、チュパカブラはその音にひるんだ。

 暗闇で獲物を襲うチュパカブラは、視力よりも聴力を発達させており、それ故に大きな音が苦手だったのじゃろう。

 わしはその隙に、家のほうへ逃げ帰ろうとした。

 しかし……

 家のほうを振り返ったわしの前に、また別のチュパカブラが立ちはだかった。


 3体、4体、5体……

 一体どこに潜んでいたのか、チュパカブラの集団に囲まれ、わしは立ちすくんだ。

 もう、クラッカーも持ってはいない。

 万事休すか――そう思ったときじゃった。


「Hey! じいさん、そんなところで何をしているんだYo!」

 大音量のビートをかき鳴らしながら、家からばあさんが出てきた。

「夜もパーティーもまだまだこれから、なのに主役のアンタがいなけりゃ、ホールのムードがBadでDown、分かったら戻るよ、Here we go!」

 右手にはマイクを持ち、左肩にはラジカセを担いで、ばあさんはズンズンとご機嫌なリズムに乗って歩いてくる。

 わしが庭に出て戻らないので、しびれを切らして様子を見に来たらしい。

 音に驚いたチュパカブラたちは、いつの間にかどこかへ逃げ去っておった。


  *


「これが、わしの危機一髪の思い出じゃ。今、こうして縁側でうまい葉巻が吸えるのも、ばあさんのおかげじゃな」

 おじいさんはそう言って、朗らかに笑った。

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おじいさんの想い出~危機一髪編~ カニカマもどき @wasabi014

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