エピローグ



 さっきすれ違ったカップル、邪魔しちゃったかなぁ……。

 そう思いながら、エリナは肩にかかる茶色の巻き毛をばさりと払った。そんなエリナの隣で溜息が漏れる。

「なーんか、わりと普通の建物だったねぇ」

 百合が金髪を揺らしてつまらなそうに呟いた。エリナはプッと吹き出す。

「そりゃそうだよー。そもそも普通じゃない建物って、何?」

「あそこ、昔はちっちゃな病院だったんでしょ。あたしは今にもお化けが出そうな廃病院みたいなのを期待してたのになぁ。なんてったって連続殺人犯の館だもん」

 連続殺人犯の住処であった病院跡地を見学に行こう。そうエリナに提案したのは百合だった。

 だが勢い込んで出かけたわりに、たいして見るものはなかった。

 そこはうら寂しいただの家だった。建物の周りをぐるりと一周したが、帰りがけに初々しそうな高校生カップルとすれ違っただけで、他は人っ子一人通らない。

 閑散とした景色をひたすら見せつけられ、ついでにお似合いのカップルにてられ、エリナと百合は徒労感に見舞われながら来た道を戻っていた。

「テレビ局の人とかがいると面白かったのになぁ。あたし、夕子との思い出語れるし」

 エリナの言葉に、百合がうんうんと頷いた。

「あたしたち、夕子とは親友だったもんね」

 病院跡地に住んでいたのは、立て続けに人を殺した連続殺人犯だ。その被害者の一人が、エリナと百合の友達である夕子だった。

 事件はマスコミに大きく取り上げられ、関係各所には連日取材陣が訪れた。エリナや百合は親友としていつでもインタビューに答える準備をしていたが、未だに一度もその機会がない。

 夕子の親友としてテレビに映っていたのは、二人が全く知らない者たちだった。

「あーでも、夕子が女優志望だったのはびっくりだよね。知ってた、エリナ?」

 百合に聞かれて、エリナはぶんぶんと首を振った。巻き毛がそれに合わせて揺れる。

「初耳だったー。ニュースに夕子が書いてたブログが映ってて、それで知ったんだもん」

「あたしたちにも言わないなんて、夕子ったら秘密主義だよねぇ。あと、ぶっちゃけちょっと無理っぽい夢だよね」

「あ、百合、それちょっとひどくなーい? でも確かにちょっと無理めかも。ま、死んだあとで一杯テレビに出られたから、夕子も成仏したよね」

 すると、今まで笑顔を浮かべていた百合の顔が急に曇った。

「成仏といえばさぁ、あの病院跡地、出るんだって」

「出るって、何が?」

 エリナが訊くと、百合はわざとらしく低い声で囁いた。

「……お化け」

「ウッソー!」

 エリナはけらけらと声を立てて笑った。

 しかし百合はめげずに言う。

「あの病院跡地のあたりで、変なもの見たって子がいるんだよね……。しかも連続殺人犯が死んだあと、すぐの時期に」

「変なのって、どんなの?」

「夜中にあの辺を歩いてたお爺さんが、道に誰かが倒れてるのを見つけたの。それで近寄って助け起こそうとしたら……。その人、下半身がなかったんだって。ほら、この事件の被害者って、下半身切られてるじゃん。きっとその霊かなんかだよ」

「うわー何それ。キモい」

「でしょ。しかも目撃した人が逃げようとしたら、ものすごい速さで追いかけてきたんだって。……腕の力だけで!」

 エリナは百合のいうお化けのビジュアルを想像して、気が付いた。

「上半身だけの姿で、腕を使って動くって……それ『テケテケ』じゃないの?」

 百合はエリナの言葉を聞いて意外そうな顔をした。

「あ、なんだ。エリナもテケテケ知ってるんだ~。お化けとか否定してるから、知らないと思った」

「有名だからねぇ。弟が好きな妖怪のゲームにも出てくるし」

「でも、一般的なテケテケとはちょっと違うかも」

「どういうこと?」

 エリナが首を傾げると、百合は両方の拳を握りしめて身を乗り出した。

「そのテケテケは、通りすがりの人に飛びついてこう言ったんだって。『わたしを殺して……』って」

「何それ。お化け自ら死にたがってるってこと? おかしくない? お化けは人を呪い殺したりする方なんじゃないの」

「でも本当なんだって。あたし聞いたもん」

 一生懸命説明する百合に向かって、エリナは首を振って言い放った。


「えー、何それ信じらんなーい」


   ***


 夜。

 冷たい路上を何かが這っている。

 それは真っ黒に焼けただれた皮膚を体に張り付け、体液を撒き散らしながら、闇の中を進んでいく。


 ずるっ……。ずるっ……。

 ずるずるずるっ……ずるっ。


「……殺して……」


 ずるずる……ずるずる……ずるっ。

 ずるずるっ……ずるっ。


「誰か早く、わたしを殺して」


                    (了)

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アシオンナ 相沢泉見 @IzumiAizawa

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