残酷な現実、最後の望み

「このままではヨナタン様の命は、もってあと一年です」

「…………………………は?」


 ギュンターの突然の余命宣告に、ヨナは呆けた声を漏らす。

 物心ついた時からずっと寝たきりだったのだ。ヨナも良い結果を聞けるとは考えていなかった。


 だけど、さすがにこれは予想の遥か斜め上過ぎる。


「あ、あはは……ギュンター先生、冗談はやめてください……」


 渇いた笑みを浮かべ、ヨナはかぶりを振る。


「私も冗談であればと、何度も検査結果を見直しました。ですが、結果は変わりません……毎月の診察でも、その事実を物語っています」


 ギュンターは羊皮紙を一枚手に取り、ヨナに見せた。


「ここにありますとおり、ヨナタン様の心臓の音は日が経つにつれて弱く小さくなっており、脈も不規則です。このままの状態が続くと、先程申し上げたとおり一年後には……」

「う……嘘だ!」


 ヨナは羊皮紙を払いのけ、椅子から立ち上がる。

 目の前の現実を、受け入れることができなくて。


「ね、ねえギュンター先生、こんな嘘はやめてくださいよ……本当は、そんなことないんですよね? 僕は、死んだりなんかしない、ですよね……?」

「…………………………」


 ギュンターにすがりつき、ヨナは泣き笑いの表情で尋ねる。

 声も肩も、指先に至るまで震わせて。


 だが、ギュンターはうつむくばかりで何も答えない。

 その反応が、態度が、先程の宣告が事実なのだと告げている。


「う、嘘だ……嘘だ……嘘だあああああああ……っ!」

「っ!? ヨ、ヨナタン様!?」


 診察室、そして建物を飛び出したヨナは、地面に魔法陣を展開して転移した。

 ラングハイム家の屋敷の、自分の部屋へと。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ……僕が死ぬなんて、絶対に嘘に決まってる……っ」


 ベッドのシーツに潜り込み、ヨナは何度も自分に言い聞かせる。

 ギュンターの余命宣告が嘘なのだと、そう思い込みたくて。


 まだ子供に過ぎないヨナにとって、この宣告はあまりにも残酷で、到底受け止めることができないものだった。

 でも、今も締めつけるような胸の痛みが、乱れた呼吸が、襲い来る眩暈めまいが、余計に事実なのだと訴えてくる。


「あ……あああ……ああああああああああああ……っ」


 ヨナはこの苦しみから逃れるため、絶望から目を背けるため、ただ号泣し……そのまま意識を失った。


 ◇


「あは……あはは……」


 ギュンターから余命宣告を受け、今日で三日。

 ヨナはろくに食事を摂ることもなく、ずっと部屋に籠り薄ら笑いを浮かべていた。


 次期当主の座がジークのものになるという会話を聞いて嘆き悲しんでいたところへ、余命宣告まで受けてしまったのだ。

 十一歳に満たない子供が壊れてしまうには、充分過ぎるほどの仕打ちだ。


 だというのに、ジークの部屋を訪れる者は誰一人としていない。


 彼が食事を摂らないことも、剣術の訓練や座学にも顔を出さないことにも、何とも思わないのだろうか。

 これによりラングハイム家におけるヨナの存在価値はその程度のものなのだと、はっきりと露呈したのだった。


「……そっか。僕の居場所は最初から、ここにはなかったんだ」


 分かっていた。だけど、知りたくなかった事実。

 さらにはあと一年で死んでしまうという、逃れることのできない悲しい現実。


 この三日間で色々なものを吐き出し続けた結果、ヨナは晴れ晴れとした……いや、諦めの境地にたどり着いた。


「なら、死んでしまうまでの一年間、僕の好きにしたっていいよね……?」


 誰に向けたのか分からない、ヨナの問いかけ。

 ヨナはベッドから降りると、無造作に積まれていた本の中から、一冊の本を手にした。


「うわあああ……やっぱりいつ読んでもすごいや」


 その本に記されているのは、世界中の伝説について取りまとめたもの。

 遥か北の山にいる、竜の伝説。大海原を泳ぐ、巨大な守り神の伝説。小さな妖精が住むという、深い深い森の伝説。


 中には、凶悪な悪魔や魔物がいるという、恐ろしい話も。


「……色々な場所に、行ってみたいなあ」


 ヨナはラングハイム家の敷地内と帝都のギュンターの建物以外、行ったことがない。

 そんな彼が外の世界に憧れを抱くのは、自然なことだった。


 ただ、本当ならヨナはもっと身体を思うように操作できるようになってから、また、ラングハイム家において次期当主とまではいかないまでも、自身の存在が認められたらと考えていた。

 残念ながら残された時間が僅かである以上、悠長なことを言っていられない。


「よし……!」


 部屋の机の引き出しを開け、手持ちのお金を数える。


 お小遣いとしてラングハイム家から受け取っているものの、そのほとんどをギュンターへの診察代と薬代に費やしていた。

 とはいえ、それ以外には何一つ使い道のなかったヨナは、余った残金を全て蓄えてある。一年間生きていく分には、充分過ぎるほどだ。


「服なんかも、これじゃ駄目だよね」


 今着ている服は、貴族子息としてのもの。

 ジークの服よりも地味でみすぼらしくはあるものの、それでも平民のものと比べれば豪華すぎる。


「他にも、野宿したりする場合なんかもあるし、もっと必要なものを揃えなきゃ」


 羊皮紙に色々と書き出し、ヨナは思いを巡らせる。

 この時ばかりはヨナも、次期当主に選ばれなかった悲しみも、死の宣告を受けたつらさも忘れていた。

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