余命宣告

 ――コン、コン。


 ヨナはいつものように、少し朽ちた扉をノックする。


「……ようこそお越しくださいました……って、ど、どうなさったんですか!?」

「え……?」


 扉を開けてヨナに挨拶した瞬間、ギュンターは目を見開いて駆け寄った。

 ヨナには何のことかさっぱり分からない。


「ああ……こんなに泣き腫らして……」

「あ……」


 両肩をつかみ、心配そうな表情を浮かべるギュンターの言葉で、ようやくヨナは思い至る。

 あの部屋で泣いてすぐに来たものだから、おそらく酷い顔をしているのだろう、と。


「ご、ごめんなさい……」

「謝る必要はありません。さ、中へ」


 ギュンターに誘われ、ヨナは建物の中に入った。

 ただ、今日はいつもの診察室ではなく、小ぢんまりとした応接室へと。


「さあ、どうぞ」

「……ありがとうございます」


 差し出されたのは、温かいお茶だった。

 ヨナはお茶を口に含むと。


「すごく甘い……!」

「はは……蜂蜜をたっぷりと入れてありますからね」


 ようやく子供らしい笑顔を見せたヨナを見て、ギュンターが顔をほころばせる。


「さて……それで、どうなさったんですか?」

「あ……そ、その……」


 正面に座りギュンターが尋ねられ、ヨナは視線を泳がせる。

 いくら彼がラングハイム家の元専属医師だったとはいえ、次期当主の話を軽々しくするわけにはいかない。


 ヨナはせわしなく指を動かし。


「え、えへへ……実は今日の剣術の訓練で叱られてしまいまして……」


 どこか困ったような愛想笑いを浮かべ、嘘を吐いた。


「そうでしたか……ですがヨナタン様は今のように身体を動かせるようになって、まだ四年弱しか経っておりません。いずれきっと、剣術も上達なさいますよ」

「……ありがとうございます」


 ギュンターのお世辞だと分かっていても、ヨナは嬉しそうに頷く。

 絶対にそんな未来が来ないことは、ヨナも理解している。


 それでも、自分を慰めようとそう言ってくれたギュンターの気遣いに、ヨナは胸が温かくなった。


「あ、そ、そうだ。そろそろ診察をお願いします。それと、前回聞きそびれていた検査結果も……」

「…………………………」


 ヨナがそう告げた瞬間、今度はギュンターが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 ひょっとして、検査結果が思わしくなかったのだろうか。ヨナはそう考えた。


 ギュンターは何度もヨナを見ては、目を伏せる。

 何かを言いたいのだろうけど、それを思い留まらせる何かがあるようだ。


「ギュンター先生、どのような検査結果だったとしても構いません。どうか教えてはもらえないでしょうか」


 古代魔法がなければ、今も寝たきりのままであることは変わらない。

 これ以上悪くならないとたかくくっていたヨナは、軽い気持ちでそう告げた。


「……診察室へまいりましょう」


 意を決したギュンターが立ち上がり、ヨナを診察室へと案内する。

 その表情に、どこか覚悟をたたえて。


「検査結果をお話しする前に、ヨナタン様の病状についてはご存知ですね?」

「はい。僕の魔力が人より多いから、そのせいで身体を思うように動かせないって……」

「概ねそのとおりです」


 ギュンターは本をめくり、人体の構造の解説と絵が記されたページをヨナに見せた。


「ヨナタン様は生まれつき魔力が常人よりも遥かに多く、それによって常に身体に傷を負っている状態です」


 ヨナの病名は、『魔力過多』。

 本来人間は体内に収まるだけの魔力しか保有できないが、ヨナに関してはその魔力量が常人を遥かに凌駕している。


 そのため、あふれ出た魔力がヨナの肉体の組織や神経系を、人間自身が持つ自然治癒力を上回って破壊し続けてしまっており、身体を動かすことができないのだ。


 それだけではない。

 身体の組織や神経が破壊され続けているということは、それだけ苦痛を伴う。


 今はギュンターが処方した薬によって痛みを和らげてはいるが、それでも、子供が耐えられるような痛みではない。

 なのにヨナがそんな素振りを見せないのは、慣れ……というのもあるが、その苦しみを見せることでラングハイム公爵や家族、使用人達に見限られたくないから。


 ヨナは幼い頃からずっと、そうやって自分の気持ちや苦しみを押し殺してきたのだ。


「今は薬で痛みを和らげ、身体の修復を手助けしていますが、残念ながらこれ以上抑えることはできません」

「そ、それは……」


 ギュンターの言葉に、ヨナには確かに思い当たる節があった。

 以前からあった身体の痛みが最近は特に強くなり、体調が悪い時には高熱を発したり嘔吐おうとすることもある。


 吐瀉としゃ物の中に、幾ばくかの黒い血も混じって。


「……単刀直入に申し上げますが、どうか心を強くお持ちください」

「え……?」


 唇を噛み、ギュンターは苦渋の表情でヨナを見つめると。


「このままではヨナタン様の命は、もってあと一年です」

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