終わりの始まり

「まだ見つからんのか!」

「は……使用人の半分をヨナタン様の捜索に当てておりますが、どうやら既に屋敷内にはおられないようで……」


 ジークの誕生パーティーを目前に控え、ラングハイム公爵の叱責を受ける執事のパウルは恐縮して状況を伝える。

 そう……ヨナは、パーティー当日の朝になって姿を消した。


『僕は、旅に出ます。さようなら』


 たった一文の、書置きを残して。


「まったく……たかが十一歳になったばかり……いや、三日後に十一歳になるんだったか。しかも出来損ない・・・・・の子供が、一人で旅などできるわけがないというのに」


 こめかみを押さえかぶりを振るラングハイム公爵はそんなことを口にするが、今重要なのはジークの誕生パーティーまでに何としてもヨナを見つけ出すこと。

 ただでさえ第一皇女のパトリシアや、五大公爵家のうち“ランベルク”家を除く三家の当主が参加するのに、長男が失踪したとなればそれこそラングハイム家の恥。ラングハイム公爵は、そう考えていた。


「とにかく、ヨナの捜索にもっと使用人を充てろ!」

「っ!? それではジークバルト様の誕生パーティーの準備が……」

「ぬうう……っ」


 どうにもならないもどかしい状況に、ラングハイム公爵は歯ぎしりをする。

 思えば彼にとってヨナは、生まれた時から迷惑ばかり・・・・・をかけ続け・・・・・る、出来損ない・・・・・の存在だった。


 それがこの期に及んでなお、こんな真似をしたヨナに、ラングハイム公爵は怒りを覚える。


「とにかく、何としてでも探し出せ! パーティーの準備をしている者も、手が空いた者から順番に捜索に回すのだ!」

「は……」


 パウルはうやうやしく一礼すると、執務室を出て行った。


「ハア……」


 溜息を吐き、ラングハイム公爵は椅子に腰を下ろす。

 思えば、昨日の夕食時から様子がおかしかった。


 これまであまり夕食を共にすることもなく、仮に同席したとしても黙々と食事をするだけのヨナが、昨日に限っては打って変わり、食ってかかるような物言いを見せた。

 挙げ句の果てに、実の父のことを他人行儀に『ラングハイム公爵閣下』と呼んで。


「寝たきりだった時も帝都で優秀だと評判の医者までつけ、今も何不自由ない暮らしを与えてやっているというのに、何が不満だというのだ……」


 邪魔でしかないヨナをここまで面倒を見てやっているのは自分なのだという思いから、ラングハイム公爵はヨナの裏切りに苛立いらだっていると。


「あなた……」

「父上……」


 執務室を訪れたのは、ヘルタとジークだった。

 二人は不安そうな表情を浮かべている。


 無理もない。せっかくの晴れ舞台が、出来損ない・・・・・の長男のせいで台無しになってしまうおそれがあるのだから。


「ヨナのことなら心配いらん。どうせすぐに見つかる」


 ラングハイム公爵は二人のそばに寄り、慰めの言葉をかける。

 所詮は子供。そう遠くまで行けるはずがないのだから、見つかるのも時間の問題。ラングハイム公爵はそう考えていた。


 その予想は、すぐに裏切られることになる。


 ◇


 誕生パーティーの開始時刻まで、残り十五分。

 既に半日以上捜索をしているが、まだヨナが見つかったとの報告はない。


「あの馬鹿者が……っ」


 背もたれに体重を預け、ラングハイム公爵は天井を見上げて吐き捨てるように言った。

 彼にとってヨナという存在は、最愛の人の遺言により託されただけの邪魔者に過ぎない。


 ……いや、最愛の人を奪った憎むべき存在と言ったほうが正しいか。


 ヨナの実母であるマルテは、彼を産んで半年後に他界した。

 マルテは元々身体が弱く、出産によりさらに体力が落ち、冬を越すことができなかったのだ。


 彼女は死ぬ間際。


『どうか……どうか、私のヨナをお願いします……っ』


 ラングハイム公爵の手を握り、必死に訴えた。

 彼女のことを心から愛していたラングハイム公爵はその遺言を受け入れ、ヨナを立派に育ててみせると誓う。


 だが同時に、自分からマルテを奪ったヨナを許せずにいた。

 使命と憎悪に板挟みとなった結果、ラングハイム公爵が選んだのは、最低限の世話だけをして無関心でいること。


 ただし、ラングハイム公爵はわざとそうしていたわけではない。

 誓いどおりヨナをマルテとの子として育て上げようという思いはあり、そのためにギュンターを雇って治療に当たらせたことも、間違いなく彼の意思である。


 一方で、ずっと心の中にくすぶっているヨナを許せないという憎しみが、無意識に彼をそうさせていた。


 その結果、ヨナはラングハイム家を見限ってしまったわけだが。


「……お館様、さすがにこれ以上引き延ばすことはできません。既にパトリシア”殿下や三家の方々をはじめ、多くの招待客がお集まりです」

「分かっている! もし招待客がヨナのことを尋ねたら、体調不良で寝込んでいると答えておけ!」


 ヨナがまだ見つからない中、執務室にやって来て耳打ちするパウルに、ラングハイム公爵は声を荒げた。


 ただ、招待客は皆こう考えるだろう。

 長男であるはずのヨナは、後妻の子供に次期当主の座を簒奪さんだつされた、と。


 それによってジーク……ひいてはラングハイムの名に傷がつくことを嫌い、ヨナの出席にこだわったのだから。


「ハア……面倒な」


 ラングハイム公爵は溜息を吐き、主役のジークとヘルタを引き連れてパーティー会場へと向かった。


 だが、彼は知らない。


 ――ヨナに見限られるという運命・・を選択してしまったことにより、ラングハイム家は凋落ちょうらくの一途を辿たどり、最大の屈辱を味わうことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る