逃げた先、大切な女性との再会

「ヨナ、今日はいよいよクィリンドラ様が皇宮にお見えになられる。ちゃんと身なりを整えておかないとな」

「わわっ!?」


 ギュンターの診察を終えた次の日、ヨナはパトリシアと侍女達の手によって着せ替え人形と化していた。

 もちろん、クィリンドラと再会するために。


「で、ですが、僕がこんな立派な服を着る必要があるんでしょうか……」

「もちろんだ。クィリンドラ様は『沈黙の射手』と呼ばれた世界の英雄。国賓として迎え入れるのだからな」


 第一皇女として礼儀作法や政治的な駆け引きなど、必要なものは全て備わっているパトリシアではあるが、実際はクィリンドラに対してどう物申してやろうかと頭が一杯だった。


 カール皇帝がそこまでヨナに関心がなかったからよかったものの、もし興味を持たれてしまったら、それこそヨナはいいように使われていたに違いない。

 それにパトリシアは、あの謁見の間においてヨナに対して期待と失望を織り交ぜたような視線を送っていた、皇太子のレオナルドも気がかりだった。


 政治家としては優秀だが、目的のためには手段を選ばないところがあるあの兄は、ひょっとしたらヨナに利用価値を見出していたのかもしれなかった。

 パトリシアによるカール皇帝への進言を受け、瞳に落胆の色が浮かんだことからも、それがうかがえる。


 いずれにせよ。


「ヨナのことはこのパトリシア=ハイルヴィヒ=フォン=エストライアが守ってみせる。……とはいえ、君のほうが圧倒的に強いのだけれどな」

「そ、そんなことないです! パトリシアさんの剣技は本当にすごくて、見ていてずっと飽きないですから!」

「ふふ、お世辞でも嬉しいよ」

「違いますから! お世辞じゃないですから!」


 謙遜するパトリシアに、ヨナは抗議する。

 ヨナがラングハイム家にいた時に剣を習っていた剣術指南役のモーリッツと比較するのもおこがましいほど、パトリシアの剣技は圧倒的だった。


 勇壮で猛々しく、だけど華麗で繊細で美しい。

 まさにパトリシアという女性を体現しているような、そんな剣術がヨナは大好きなのだ。


 だからこそ、ヨナは怒った。

 たとえ本人であっても、ヨナは自分が大好きなものを否定してほしくなくで。


「本当に君は、不思議な男の子だな……だが、今まで受けた賛辞の中で君の言葉が一番嬉しいよ」

「わわわわわ!?」


 そう言ってパトリシアに抱きしめられ、ヨナは慌てる。


「い、いきなりやめてください!」

「ふふ、私を喜ばせた罰だ。甘んじて受け入れてもらわないとな」

「もう……」


 結局ヨナは抵抗を諦め、パトリシアの着せ替え人形としての役割を甘んじて受け入れることにした。


 ◇


「さあ、行こうか」


 白に金と銀の差し色が入った帝国軍の礼装に身を包んだパトリシアが、同じく白を基調とした礼装に身を包んだヨナに手を差し出す。

 まるで、これからパトリシアがヨナをエスコートするかのように。


「え、ええとー……」

「なんだ。ヨナは私のエスコートを受けるのは嫌か?」

「そうではなくてですね」


 どこか寂しそうな表情を浮かべるパトリシアに、ヨナは冷静に言葉を返す。

 カレリア王国でのことを含めもう二週間以上も一緒にいるのだから、ヨナもパトリシアの扱いを分かってきたようだ。


「いくらクィリンドラさんとお会いするからって、これは少しやり過ぎです。……本当は、別の理由があるんですよね?」

「…………………………」


 ヨナにじと、とした視線を向けられ、澄ました表情で視線を逸らすパトリシア。

 どうやら彼女は、教える気は内容だ。


「ハア……まあいいです。パトリシアさんのことだから、絶対に僕が嫌がるようなことはしないと分かってますから」

「ふふ、私も信用されたものだな」

「違うんですか?」

「いや、間違ってはいないな」


 そんな軽口のやり取りをするヨナとパトリシア。

 随分と気安い関係になったものだが、これもヨナにとっては初めての経験であり、心の中では楽しくて、嬉しくて仕方がない。


「でも僕も男ですから、エスコートは僕にさせてくださいね」

「ぷ……ふふふふふ! そうだな、ヨナは男の子だからな!」

「むう……笑わないでください」


 ヨナは口を尖らせつつ、パトリシアが差し出した手を取る。

 百七十センチを超える彼女とはそもそも身長が釣り合っておらず、歩幅も大きく違った。


 それでもヨナは、胸を張って一生懸命エスコート役を務めようとする。

 そんな彼がいじらしくて、パトリシアは終始笑顔だった。


 皇宮で働く侍女達が、思わず二度見をしてしまうほどに。


 そして。


「え……?」


 クィリンドラとの面会場の扉が開け放たれ、ヨナは絶句する。


 そこは、皇宮内の大きなホール。

 楽団による演奏が鳴り響き、多くの人々……貴族達が、酒が注がれたグラスを片手に会話を楽しんでいた。


「ふふ、驚いたか? 実はクィリンドラ様が来られるのに合わせて、リンドヴルム討伐の祝賀会も行うことになったのだ……って、ヨナ?」

「あ……ああ……っ」


 どこか得意げに話すパトリシアだったが、ヨナの異変に気付き声をかける。

 よく見るとヨナは顔が真っ青になり、肩も小さく震えていた。


「ど、どうしたのだ!? どこか具合でも……っ!?」

「ぼ、僕……失礼します!」

「あっ!」


 ヨナがパトリシアの手を離し、その場から走り去る。

 まるで、恐怖から逃げ出すように。


 無理はない。

 クィリンドラと面会をするだけのはずが、まさか大勢の貴族が集まるパーティーも兼ねていたなんて。


 それはつまり、帝国五大公爵家も……ラングハイム公爵家も出席するということ。


 余命宣告を受け、最後くらいは好きに生きると決めて家を飛び出したヨナ。

 それは彼にとって、逃げ出したかったこれまでのつらいばかりの人生との決別も意味する。


 ならヨナが、家族と会いたくないと思うのも当然だった。


 その時。


「あっ」


 顔を伏せて走っていたヨナは前を歩いていた少女に気づかず、肩をぶつけて倒してしまう。

 ラングハイム家から……家族から逃げるため、そのまま走り去ってしまうこともできたにも関わらず、お人好しのヨナは立ち止まって振り返ると。


「ヨ……ヨナ、なんですの……?」


 ぶつかった相手は、ヨナのことを初めて見てくれて、初めて褒めてくれた、誰よりも大切な女性ひと――マルグリット=ハーゲンベルクだった。

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