今度は、大丈夫

「ヨナ……お願い、無事でいて……っ!」


 国境の砦を襲撃した魔王軍残党を撃退し、ランベルク公爵はパトリシア、ティタンシアとともにグラッツを目指して馬を走らせる。

 捕らえた魔族の一人が、尋問の末に告げた言葉。


『今頃はタローマティ様がグラッツを制圧しているはず』


 充分な兵を残していったことは承知しているが、それでも不安を拭えないランベルク公爵。

 何より、捕らえた魔族のどこかしてやったりといった態度が、彼女の心を追い詰めていた。


「…………………………」

「…………………………」


 ランベルク公爵のすぐ後ろを走る、無言のパトリシアとティタンシア。

 ヨナの実力を目の当たりにし全幅の信頼を置いている二人だが、それでも不覚を取ることもあり得る。ランベルク公爵ほどではないにせよ、急ぎ帰還したい気持ちは同じだった。


 とはいえ。


「……ランベルク卿、一つお尋ねしたい」

「っ! ……何? 私は今急いでいるのよ!」


 焦りから、ランベルク公爵は厳しい口調で返事をする。


「あなたはどうしてそこまで必死になるのです。グラッツに配備されている兵士の数は充分ですし、そう易々と陥落するとも思えません。ですが、あなたはまるで、最悪の未来・・・・・を知っているかのように焦っています」

「…………………………」


 核心を突かれ、ランベルク公爵は口をつぐむ。

 六年前の悲劇については、まだパトリシアとティタンシアには告げていない。


 言おうかどうしようか逡巡するが、ランベルクは意を決し二人を見ると。


「……六年前、まさに今回と同じ状況で、私は大切な弟を奪われたの。『背教』のタローマティは、あの時を再現しようとしているのよ」


 訥々とつとつと語り始めるランベルク公爵。

 ダニエルの死。父である前公爵の死。形見とも呼べる領地を守り抜いてきた六年間。


 彼女の口から紡がれる一言一言に、想いが宿る。


「そんなことが……」

「だからきっと、タローマティはヨナを狙うはず。前回も魔王軍残党の連中はダニエルだけを狙い、無残に殺したもの。私が苦しむことを知っている上で」


 部下や使用人達の中に魔王軍残党と通じている者がいる。ランベルク公爵はそう確信しずっと調べ続けてきたが、それが誰なのか、残念ながら今も分かっていない。


 すると。


「なら、ヨナは絶対に大丈夫」


 ティタンシアが、確信に満ちた表情でそう告げて頷く。


「わたしは『漆黒の森』で、尊厳が奪われてもなお『渇望』のザリチュに従うしかなかった、大切な幼馴染の姿を見てきた。契約などというくだらないもので縛り続け、ただ奪われ続けてきたゼリアを」

「ティタンシア……」

「そんな理不尽・・・に、誰よりも怒ったのはヨナ。今回もここまで大切に想ってくれる人が理不尽・・・な目に遭わされているのなら、きっとヨナがそれ以上の理不尽・・・を与えているはず」


 そう……ヨナこそこの世界で最も理不尽・・・を許さぬ者。

 ひょっとしたら、既に『背教』のタローマティが絶望を味わっているだろう。ティタンシアはそう思った。


「ふふ……あなたは、ヨナのことが好きなのね」

「ん、大好き」


 少し苦笑するランベルク公爵に、ティタンシアは臆面もなく答える。

 マルグリットというとんでもない強敵がいることを知った以上、ティタンシアに遠慮や羞恥といった感情は既にどこかへ行ってしまっていた。


「まあ、この際ティタンシアの恋愛に関しては置いといて、彼女の言うとおりヨナの怒りはすさまじいでしょうね。『背教』のタローマティも、生きていることが嫌になるほどの絶望を味わわされているかもしれません」

「ま、まさか、あのヨナがそんなことをするわけ……」

「いいえ、ヨナなら間違いなくすると思います」


 パトリシアもヨナと行動を共にし、彼の本質を理解していた。

 二匹の竜のつがいの闘いにおいても、普段とは違う姿を見せたヨナ。


 何よりティタンシアが、そこまでヨナを信じているのだ。なら、きっとそうに違いない。

 パトリシアはヨナの笑顔を思い浮かべ、思わずくすり、と笑ってしまった。


「とにかくヨナは、それだけランベルク卿を大切に想っていると思います。あなたは、それだけのことをヨナにしてあげましたから」

「そ、そうかしら……」

「ええ。ランベルク卿は、確かにヨナを想っていらっしゃいました」


 それが亡きダニエルの代わりなのだとしても、それでもヨナに向けた愛情に偽りはない。

 傍で見ていたパトリシアは、ヨナがそれを理解していることを知っている。


「そして……やはり心配は無用だったみたいですね」

「あ……」


 パトリシアが指差した先……グラッツの城門前には、小さな身体を思いきり使って笑顔で手を振るヨナの姿があった。

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