第9話
水墨画展を見た後、フードコートで食事をしながら釧路といろいろな話をした。
釧路の父は、水墨家らしい。そしてそんな父の姿を見て育った釧路もまた、水墨画の魅力にはまって、小さい頃から描いていた。
けれど、水墨画を好きな同級生などいなかった。むしろ、そんな地味な趣味があるなんてとバカにされることもあった。
だから釧路は、小学生高学年くらいからは、水墨画を描いていることは誰にも言っていなかったらしい。
そして、地味だ地味だと言われた反動で、服装はだんだん派手になって、高校生になったのを機に、ギャルになったらしい。
そんな釧路は中学生の頃、初めて水墨画展に作品を出すことになった。
たくさんの作品の中に展示される自分の作品。自分以外の作品がどれも立派に見えて、自分の作品だけが見劣りするような感覚に襲われた。
その時、釧路の作品の前で立ち止まった人が『うわ、俺、この作品めっちゃ好き』そう呟いた。釧路はその一言に、救われる思いがしたという。
そしてその人というのが……まさかの、俺だったのだ。
釧路は作品展があるたびにこっそりと自分も作品展を見に行っていた。
その時に、何度か作品展の中で俺が釧路の絵の前で立ち止まっている姿を見ていた。釧路は中学の時は黒髪だったし、まだ同じ学校でもなかったから、俺が気付くこともなく。釧路側だけが一方的に俺を知っている状態だったようだ。
それが高校生になって、まさかのクラスメイトになった。
釧路はもしかして運命かと思ったらしい。けれど、高校生になっても相変わらず自分が水墨画を描いていることは誰にも言っていなかった。
バカにされるのも怖くて、イメージと違うと言われるのも怖くて。
そして、俺のことを意識しつつも……落ち着いた雰囲気の俺が派手になった自分を好きになってくれるとも思えず、ずっと片思い状態だったらしい。
けれど、年が明けて、釧路は急に新しい自分になりたいと思ったらしい。
確かに新年にはそんなパワーがあるような気がする。
だから、その気持ちの勢いのまま、新学期早々、釧路は俺にあんな告白をしたらしい。
……もう少し、言葉を選んでも良さそうなものだけど。釧路なりの照れ隠しだったようだ。
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