第7話

 まだ学校の校門前だというのに、手を差し出されて、しかも待たせたお詫びにと言われては断りづらくて。


 出された手を握ってみれば、釧路の手はひんやりとしていた。


(うわーこんな冷えるまでこんなところで待っててくれたのか)


 そう思いつつ。


「こんな冷えるまでここで待ってないでも、それこそライン教えてくれたんだから温かいところに移動して待っててくれてもよかったのに」


 そう言うと。


「だって、既読つかなかったから。どこかにスマホ落としちゃったとか、壊れちゃったとか、何かあって遅れてるけど、ここへは来てくれるかもしれないと思ったから」


 そんな事を言うから。余計罪悪感が胸の中を襲った。


「うわ、マジでごめん。先生の手前スマホ開けなかったんだよ……。窓から釧路が待ってるのが見えたから、終わったら終わったで走って来てしまったし……」


「うん。手つないでくれたから許す。むしろそれがなかったら手つないでくれなかった気がするから、先生にも感謝しちゃう」


 釧路はそう言ってひひひっと嬉しそうに笑った。


(くそ……なんだよ。釧路のやつ。なんか……めっちゃ可愛いんだけど)


 心の声は心の中にしまいつつ、ずっと気になっている事を聞いてみた。


「なあ、釧路。釧路はなんで俺と付き合いたいと思ったの?」


「え? ……好きになっちゃったから」


「……それがわからない。俺に好きになられる要素なんてあった?」


「……ないしょ。……ねえ、一緒に行きたい場所あるんだけど、いいかな」


「うん」


 そう言って連れて行かれた先は、――ショッピングモール内で開催されている、小さな水墨画展だった。


 地味な俺が自分で自分を地味だと自覚している事のひとつに、水墨画が好きだという事がある。


 あまり同年代で水墨画が好きだという人をリアルでは見た事がなかった。だから、誰にも言ったことはなかったのだが――俺の好きな昼飯を知っていたように、釧路は俺の知らないところで俺が水墨画が好きだという事を知っていたのかもしれない。


 だから、俺を喜ばせるために今日ここへ連れて来てくれたのかもしれない。そう思った。


 まさか、全然違う理由があっただなんて――その時の俺には、気付きようもなかったのだ。

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