第19話 再会と靴

 地上に戻った一行は、ひとまずダリルとロランが宿にしている「黒ハンカチ亭」の前で解散した。

 次の探索は明朝から。今日は早朝から潜ったので、日没までにはあと三時間ほどある。


(ここでは食事は出ないんだよな……戦士組合ギルドで一食は食べられるし、まずは――)


 迷宮で幾度となく肝を冷やしたことを思い出す。靴だ、靴を買わねば。そそくさと宿を離れて歩き出す。が、はたと気付いた。


(靴って、どういうのを買えばいいんだ?)


 村にいたような漁師たち、あるいは下級船員といった船上での過酷な作業につく者は、あまり靴を履かない。マストに登ったりロープの上を歩いたりと、足場の悪い所での仕事が多いから、足には余計なものをつけていない方が良いのだ。

 ロランもどちらかといえばそういう常識の中で暮らしてきた。さて、戦士が履く靴というものはどういう基準で選べばいいのか、それ以前にどこで売っているのか?


 思案しながら歩いていると、比較的まばらな雑踏の中にも拘わらず、誰かにぶつかった。


「あ痛っ……!」


「ひゃあっ!?」


 よろめきながら数歩たたらを踏み、何とか踏みとどまる。ぶつかった相手の方を見て、目が合った。


「ごめんなさい、大丈夫だった……? って、あれ?」


 見覚えのある顔だった。「モーグの社交場」で出会った斥候の少女、ティルだ。


「ああ……この間酒場にいた……? もう、君! もちょっと周りに注意しなさいよね?」


「……本当にごめん」


 腰をかがめて深々と頭を下げる。


「ま、いいわよ。どっちも実害はなかったし」


 ティルは目を伏せてふうっとため息を吐いた。


「あなた、ロランっていうんでしょ? なんだか危ないパーティーに入ってるって聞いたけど、元気そうでちょっと安心したわ」


「そう……? ありがとう……うん、僕はロラン。ロラン・カリブルヌ」


 ティルの屈託ない様子に気おされて、ロランは慌てたように挨拶を返した。その拍子に、彼女の足元が目に入る。

 靴を見た。柔らかな皮を丁寧に縫い合わせ、底には堅く縮絨した分厚いフェルトが使われている、見るからに軽く履き心地がよさそうな靴だ。


「ねえ、僕、靴屋を探してるんだけど……その靴は、どこで?」


「ああ。靴を買うの? 私のこれは、その、『一家』で用意してくれた奴だから……ちょっと。でも、うちのリーダーなら街にも詳しいし、元が海軍の人だからいい店知ってるかも。すぐあとから来る約束だから、ここで一緒に待ってるといいわ」


 ロランはその提案を受け入れることにした。しばらく待っていると、やがて通りを抜けて数人の冒険者が近づいてきた。

 この間も「社交場」で見かけたコート姿の若い男に、肩を出した赤毛の女。それに海神のとは別の神殿に属しているらしい、緑の法衣を着た中年の男と、胸当てブレストプレート軽兜バーゴネットを装備した戦士が二人だ。


 ――ティル! 待ったか?


 先頭のコート姿の男が声を掛けながら歩み寄る。


「ううん、ついさっきだから。でさ、ギボンズさん。こっちのロランがね、靴屋探してるってんだけど」


「ロラン……? ああ、君か、こないだの……で、靴だって?」


 やはり、このコートの男が「ギボンズ」だった。納得するロランにむかって彼も納得顔でうなずいた。


「……うん、靴は重要だな。場所に合った靴でないと怪我をすることもあるし、命にかかわることもある……おいティル。そいつを三つ又通りの『ミッカ革細工店』に連れてってやれ」


「え、私がぁ? でも今日はみんなで息抜きするんだって言ってたじゃないですかー」


「なに、あちこち歩きまわって店を冷やかしたところで、どうせ『モーブの社交場やど』に戻って飲むことになるんだ。先に行って待ってるぞ」


 ギボンズのパーティーはそのまま一塊になって歩き去る。ロランは何だか申しわけなくなって、ティルにまた頭を下げた。


「あーもう、いいからいいから。そんなに頭下げるよりさ、あんた、私を楽しませなさいよ……よその土地から来たうえに、何かと噂のあるパーティーに居るんだし、なんか面白い話くらいあるんでしょ?」



「ええ……うーん」


 ティルに連れられて革細工店へ向かいながらロランは頭を悩ませた。


「えっと、僕はスーリガ村ってとこから来たんだよ。漁で暮らしてる小さな村だけど港にはずいぶん古い時代に建てられた、でっかい石造りの灯台があってさ。夏にはそこの真下にある崖の周りで、素潜りをするんだ。たまにシロヒバナ貝ってのが見つかって、運がいいと真珠が取れる……でも、この三年くらいは全然だめだね」


「へえ。やっぱり、どこでも海はダメなのかしら」


「そうみたい」


 面白い話、こんなもので大丈夫だろうか? あと、そういえば折角だし―― 


「ねえ、君たちって今、どのあたりを探索してる?」


「え、ここで仕事の話なの……?」


「だって、僕はここに来て迷宮に潜って死にかけて、また潜ってるくらいしか経験とか実績がないんだぜ……村の話だってそんなに面白いわけじゃないし」


「ん、まあいいわ。別に他のパーティーを目の敵にする理由もないし。私たちはね、今『地下墓所カタコンベ』の二層目を探ってる。昇降機リフトを使えるようにするにはあのあたりでなにか、鍵的なものを手に入れなきゃならないらしいから……」


 とうとうと話すティルを見て、ロランは胸がチクリと痛む気がした。ダリルのあの急ぎ具合は、他のパーティーを競争相手と見て隔意を持っているのではないか、と思えたからだ。

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悪墜ち魔術師の肉盾役は、やがて迷宮攻略の最前線に躍り出る 冴吹稔 @seabuki

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