第18話 行く手を阻む仕掛け

「そんな鎖くらい、別になあ。好きにすればいいさ……んじゃ、この壁探るから少し離れてろよ」


 タイスが仕事を始めた。程なく、今回の探索で最初に開けたものと同様の、木製の扉が偽装された壁の中から現れた。斥候はその扉をしばらく調べると、しばらくして大きくうなずいた。


「なるほどな。こいつは厳重に施錠されてる。開けるぞ……おそらく、これを開けると向こう側でも偽装が解除される。そういう仕組みだろう」


 彼が次に選び取った道具は、ごく薄い刃を持つ金鋸ハックソーだ。ノミで削った扉と扉枠の間に差し込んで、掛け渡されたかんぬきの横木か、その支え金具を切り落とす。静かな地下通路の中に、きぃきぃと軋む鋸刃の往復音だけが響き、次第にその1ストロークが短くなっていく。


 プキン、といったような甲高い音と共に、タイスがふうっと息を吐いた。


「開いたぜ……」


「ご苦労だった」


 タイスが後列へ回り、ロランが扉の取っ手に手を掛ける。油の切れたと蝶番がぎしりと音を立てて回り、開いたその先には――


「……おかしいな」


 ダリルの描いた地図の通りなら、ここには昇降機とその待機場となる、2ロッド四方ばかりの広間があるはずなのだ。だが、そこにあったのは想定の四分の一ばかりの広さしかない、ひっそりとした小部屋だ。


「……これは、どうも地図を書き損じたようだな」


 ダリルが「測量サーベイ」の魔法を発動する。結果、座標がこの部屋の大きさ一つ分ずれていることが分かった。部屋の壁、四方向全部を調べたが今度はどの面にもそれらしい仕掛けは見当たらない。

 ただ一つ、気になる点としては――北側の壁に、まるで小さな祭壇のように飛び出した石の棚があった。棚の上には油のこぼれたような黒くべたついたシミがあり、そのシミ自体の上に何か丸く平たいものが置かれていたような擦り傷があった。


「何でしょう? ……なにか灯明でも灯されていたのかしら?」


 エレアンヌが美しい顔の眉間にしわを寄せてその棚を検分する。なにか、神官的には注意を引かれるところがあるらしかった。


「一度反対側まで戻ろう。出口がこっちに見つからないなら、またあの『暗闇の間』を通ることになるが……」


「かぁーっ、そりゃあぞっとしねえな!」


 一行は来た方向へと逆に通路をたどる。幸い、今度は通路の行く手にごくシンプルな隠し扉が見つかった。

 それを開けて下水道へ出ると、ものの五分ほどで総督府が管理する迷宮入り口へ出ることができた。


「何とか戻れたか。しかし予定がどんどん狂っていくな……今まで通り、地下墓所カタコンベから通う方が早いか……?」


 ダリルが思わしげに腕を組んでうつむいた。


「いや。もう少し浅い階を探して見よう……多分、あそこの祭壇というか、棚をどうにかすれば通路が開くんだ。俺は門外漢だが、なにかこう、魔法的な仕組みでだな」


「分かった。じゃあ明日も頼む」


「ホントなら一日休みたいんだがな……魔術師殿はなかなか人使いが荒い」


 ぼやきながら通路を歩いていくタイスに、ロランは大いにうなずいていた。それでも、彼にとってはこれは好機と言えた。今のうちにもう少し戦闘を経験して、位階を上げられればいいのだが。


(それと……街に戻ったら絶対、靴を買い替えよう)


 初日を終えた時点でダリルから預けられた金は、まだそのいくらかがロランの懐にあった。迷宮で床に足を取られて転ぶのは、二度とご免だった。

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