第17話 機巧(からくり)と金鎖

「『暗闇の間』かよ……初めてじゃねえが、嫌な仕掛けだ」


「ああ。私も以前、もっと下層で踏み込んで、えらく難儀をさせられた……とはいえ、目的が目的だ。進まないわけにはいかない」


 この闇の中に、昇降機リフトへの手がかりがあるはず――少なくともダリルはそう考えているらしい。

 それからしばらくは全くの闇の中を、ロランたちは手探りでひたすら歩きまわった。


「東へ三歩。東向き、正面に壁。北へ……あいたっ!?」


 ダリルは定期的に「測量サーベイ」の魔法を使っているらしく、時折壁にぶつかりながら、地図に周囲の地形を記録していた。どういうわけか、この闇の中でも手元にあるものは知覚できるようなのだ。

 

「それにしても、ずいぶん頻繁に使うな……呪文ってのは限られた回数しか使えないもんだと聞いてるが」


「安い魔法の指輪で、代用できるものがあるんだ。商店には在庫がそれなりにあるし、使っていて壊れることもめったにない……だが、流石にこう何度も使わされるのは――あっ」


 息をのむ声と共に、焚き火が爆ぜるような、ぱん、という音が聞こえた。


「……壊れた」


「お、おい……!」

 

 壊した本人よりもタイスの方が慌てた様子で、ダリルを忙しなく糾弾した。


「壊れたって! まさか、この闇の真っただ中で、位置を見失ったってことか!? 冗談じゃないぞ」


「ま、まだ。厳密にはまだ見失ってはいない……それに私自身の『測量サーベイ』があと四回は使える」


「だったらよ、いったん戻ろうぜ。戻れるうちによ……!」


 これでは仕方がない。一行は踵を返して、元来た道をたどり始めた――そのつもりではあった。だが、どこかで歩数を間違えたか、それとも曲がり角で右と左を取り違えたのか、行けども行けども先ほどの、「暗闇の間」への入り口が見つからなかった。


 そうこうするうち、ロランの足のつま先が何かに触れ、彼はつんのめって前へ崩れ、床に手を着いた。


「わぁ!?」


「大丈夫か、おい!」


 先を歩くタイスが手探りでロランの腕を探し当て、助け起こそうとする。

 床についた手袋越しに何かが指に触れ、ロランはそれを無意識に掴んでいた。


「すみません、やっぱり靴底がすり減りすぎてるみたい……踏ん張りがきかなくって。それに……」


「あ、そりゃいかん。靴はしっかりしたモンを履かねえと命にかかわるからな。ま、怪我はなさそうでよかっ……」


「それに、どうも何かの仕掛けに足が触ったみたいな――」


「え?」


 安堵の息を吐いたタイスが怪訝そうに訊き返し――次の瞬間、彼も「うわぁ」と情けない悲鳴を上げた。寄り掛かった壁が丸ごと奥へと倒れ、そこに開いた大きな隙間へと、彼自身も引き込まれるように倒れて転がり込んだのだ。


「タイスさん!?」


「タイス!?」


「まあ、なんてこと!」


 三者三様に彼を案じて叫んだものの、幸いにすぐ返事が帰ってきた。


 ――大丈夫だ、特に怪我とかはしてない。それより、お前らも来て見ろよ!


         * * *


「念の入ったことだ。こんな隠し方をされたら、見つからないのも無理はない……」


 倒れた壁の奥には、別の通路があった。ここには暗闇の魔法はかかっておらず、それどころか最低限の視界を与えるかのように、壁のところどころがおぼろげに光を発していた。

 ダリルは周囲の壁や天井を観察しながら、手元の地図と照らし合わせた。通路は東西方向へ長々と伸びている。エレアンヌが新たになにやら奇跡を祈願すると、穏やかな光が行く手をずっと奥の方まで照らし出した。距離にして、およそ十ロッド程だろうか?


「すごい……! 岬の灯台みたいだ」


 ロランの歓声に、ダリルは地図から顔を上げてかすかな微笑みを浮かべた。


「……どうやら、『あたり』だな。この方角だと、あの突き当りの裏ぐらいが、ちょうど昇降機を囲む広間に重なる」


「ほほう!」


 タイスがにわかに気合の入った表情になった。腰の革袋から、例の探り針ピックや弾力のあるピン、それに柄のついた薄いノミのような刃物を取り出して仕事に備える。


「まずは前方の壁から探ってみるか……ん?」


 パーティー一同を見廻して、意思統一を図ったタイスだったが、ふとその視線が一点にとまった。


「ロラン、お前、その手に持ってるものはなんだ?」


「え? ああ、これ……さっき転んだ時にたまたま掴んでて……」


 大きさの割に重みのある、チャラチャラと細かな音を立てる物体。手のひらを広げてまじまじと見ると、彼が手の中に握っていたのは金色の細い鎖だった。


「何だ……こんなところに金鎖?」


 掌からはみ出して垂れ下がった鎖を、タイスが指でつついて音をさせた。


「さすがに、金じゃなさそうだな。たぶん鍍金メッキを施した真鍮とかだろう」


「見た感じだと神官の持ち歩く、聖印を提げるためのものみたいですが……」


 エレアンヌが腰を低く折ってロランの手元まで顔を近づける。いかにももっともらしい推測だったが――その鎖を見るうちに、ロランの心の中は奇妙に泡立ち渦巻くように思われた。


(これ、父さんの時計についていたやつに似てるな……あれも、こんな感じの太さと長さの、金色の鎖だった……)


 タイスはこともなげに「売ればいくらかにはなるか」という。だがロランは、控えめな態度ではあったが、その鎖を自分が所有したいと一同に告げた。

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