最終節 完全たる百物語を君に捧ぐ


「その機材はそっちの目張りに合わせてー、重いから気を付けてくださいね!」


 いよいよ番組本番を夕方に控え、私は組み立てられた舞台セットの確認を行っていた。


 局内でも最大の広さを誇る特設スタジオには、武家屋敷に扮した三間の部屋が設置されていた。


 これらはL字型に配置されており、手前の一間に司会や出演者が集まることになっている。


 全て和風であるため、よく見かける横並びの机やひな壇はなく、囲炉裏を模したオブジェを囲んでの座談となる。ここだけ見れば立派な武家屋敷だ。


 撮影もそこがメインとなるため、カメラ側から見て正面には壁がなく、向かい合うようにして多くの機材が並んでいる。


 また、部屋の各所には小型カメラが仕掛けられ、出演者の反応や異変なども察知できるようになっている。


 一方、出演者の隣の部屋、L字型の角にあたる部分は四方を壁で覆い、機材はおろか照明までも最小限としている。


 ここは通路の役割を果たしており、撮影中は完全な暗闇となる。出演者は隣室から漏れる明かりと方向を頼りに奥の部屋へと進むことになる。


 ただし、それでは番組として面白くないため、赤外線の暗視カメラが設置されている。出演者の安全確保と同時に、恐怖に満ちた表情や姿勢を撮ることが目的だ。


 そして、最後の一間、L字型の上に位置する部屋には、鏡が置かれた机と、100本の灯心を備えた青紙の張られた行灯あんどんがある。


 もっとも、本物の灯心を用意することは断念した。特設スタジオは火気厳禁であり、消防法の面からも危険と判断されたからだ。


 代わりにLEDの小型蛍光灯を100本用意し、専門家の指導の下、安全面に配慮しながら出力を抑えて行灯を造った。


 試しに電気を通してみたが、青光りのする行灯は昼間でもなかなか雰囲気がある。百物語の最後には青行燈という妖怪が登場するとされるのも頷ける。


 こうして、暗闇の部屋を通過した出演者は、一話ごとに蛍光灯を一本ずつ消していく。百物語が進んでいくに連れ、この部屋もまた徐々に暗闇へと変化していくというわけだ。


 しかし、やはりこれにも待ったが掛けられた。出演者は10人であることから、一人あたり10回も行かねばならず、負担が大きくテンポも悪いためだ。


 そこで出演者の移動は自らの怪談が終わったときのみとし、他はスタッフが消しに行くことにした。


 これも考えようによっては、怪談を用意した製作側の人間が消すことになるため、より百物語の体裁を保てるかも知れない。


 そして、最大の難関であった順番決めも紆余曲折の末に決着した。これには番組を飽きさせないように、怪談の内容自体のバランスだけでなく、出演者側の意向も考慮しなくてはならなかった。


 特に節目の回には必ず出演者を当てたが、所属する芸能事務所からはより目立つシーンを要望され、また安全面から序盤、逆に好奇心から終盤など、個人的な希望もあったからだ。


 しかし、トリの100話目だけは、最初から剣持教授と決めていた。怪談好きの大御所俳優から是非にと頼まれていたが、そこだけは決して譲れなかった。


 なぜなら、それこそが、かつて私が彼に用意した怪談だからだ。事情を話した教授は一も二もなく快諾してくれた。


「加賀美さーん、もうすぐ最終リハーサルが始まりますよー!」


 いつの間にか、時間はすぐそこまで迫っていた。私は大きく手を振ると、出演者やスタッフに向けて駆け出した。



 さあ……まもなく、百物語が幕を開ける。


 語れなかった一話と、告げれなかった想いをのせて――


 完全たる百物語を君に捧ぐ。

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