For better future Part3


 生態系が大開発時代以前に戻ったりはしなかったし、気候もかなり温暖化が進んだ状態ではあったが、「未来開発協星社」はあっさりと終結を宣言し、満足の意を表すると共に、パートナーであり続けた国際共同体のメンバーを祝福した。

「数値的には色々と目標未満のものがあるようですが、本当によろしいのですか?」

 ファーストコンタクトの時から数えて十五代目の全星代表が、おそるおそる尋ねた。こちらは世代どころか個人々々も未だに全く区別できない「協星社」担当は、涼しい(と見える)顔で頷いた。

「問題ありません。全星の土壌中、及び海洋中のマイクロプラスチックはすべての計測点で基準値以下になりましたし、野放しになっていた放射性廃棄物・難分解性高分子物質の処置もめどがつきました。一部の都市地域以外においては、おおむね〝この星本来の自然が戻った〟と判断してよろしいでしょう」

「はあ」

 会議場に戸惑ったような間が訪れた。しばしのためらいの後、全星代表は意を決したように、言葉を切り出した。

「それでその……我々はこれからどうしたものでしょうか? かなうことであれば、その、生態系や気候環境には充分留意の上で、昔のように科学技術を進展させたく思っています。たとえば星間交易にも参加できるものなら――」

「それは難しいと思います。というより、そろそろお気づきなのではありせんか?」

「いえ、何がでしょうか?」

 長年「協星社」との交渉に従事してきたメンバー達はその時、相手の顔に初めて見るような表情が浮かんでいることに気がついた。憐憫、あるいはいたわり、と呼べそうな色が。

「この星の支配種であるみなさんは……もう間もなく、歴史を終えることになります。誰も滅ぼしには来ないし、大絶滅の心配もありませんが、みなさんの種族はこれ以上文明を維持することができないでしょう。有り体に言えば、寿命ですね」

「! そ、それは!? どういう意味ですか!? なぜそのようなことがっ」

「もちろん、ここにいらっしゃる方々の多くはまだお若い。ですが、個体としては若くとも、種としての寿命はわずかなのです」

「おっしゃっている意味が――」

「たとえば子供が生まれなくなってますでしょう?」

 虚を突かれたように代表が沈黙した。静かに言い聞かせるように、星からの使者は言葉を継いだ。

「なぜか人々がみな出産を望まなくなっている。あなたがたはこの問題を、産業構造の変化や性差に伴う社会的トラブルなどに原因を置いてきたようですが、今現在、あらゆる意味で生活の心配が少なく、社会にも余裕が生まれつつある局面になっても、全星出生率は低いままです。違いますか?」

「そ、それは……」

「種としての終わりが近づいているからなんですよ」

「つまり……生物としての、本能的な自殺行動として、出産率が落ちている、と?」

「その通りです」

「し、しかし、その一件だけを持ち出して、我々が滅びると言われるのは――」

「失礼だが、あなた方は種としての知力もはっきりと低下している。それも、歴史を振り返れば一目瞭然かと思われますが」

「……すみません、やはりおっしゃる意味が」

「ここ百五十年ほどやっていたことを振り返ってください。今回のプログラムは、元はと言えばあなたがたが蒸気機関時代からの負債を溜めに溜めた結果、これ以上どうしようもないという状態に陥ったために、必要となったものです。それもご自身ではなかなか決断できず、星の外からの圧力によって、ようやく動いたという体たらくでした」

「そ、その件に関しましては、確かに弁解の余地はありませんが――」

「基本的にあなたがたの種族は目先の利得に目がくらみすぎる傾向があるように思われます。それが、ここ三百年ほどはますますひどくなってます。毒物や危険物を、それと分かっていながら土壌や海洋に投棄しまくるなど、自身の行動の意味が理解できていないしるしです。これも、種全体の行動反応として、という意味ですが」

「…………」

 黙りこくったメンバー達は、いやでも連想せざるを得なかった。自分が何者かもわからなくなっているような老人が起こす問題行動の数々、及び、その状態を指す、よく知られた医学用語を。

「そして、何より決定的だったのは、百五十年前の空間転移事件ですね。今だから言いますが、人口四百万の土地を治めている知事でもあれだけのでたらめな行動を取るということは、ここはいよいよ種としての末期が近いと、どの企業も一斉にヒキまくってしまい――」

「いやっ、あの事件は、そのっ、たまたまろくでもない人物が不幸なめぐり合わせで――」

「これも今だから言いますが、この星の為政者はレベルが低すぎる。我々が直接会った相手には、なんでこんな人物が、と言いたくなるような者が相当数含まれていました。そんな愚かなリーダーに黙って従っている民衆も、レベルが低いと言わざるを得ない。諸々の史料をあたってみると、少なくともあなたがたはこれらの為政者選出問題について、有史以来、全く改善できていないことがわかる。もはや、自力で解決する能力がないということです。これはすでに最盛期を過ぎた種に特有の症状で、その意味でも先はあまり長くないと結論できます」

「……ご指摘はいちいちごもっともとは思いますが、それはしかし、これから星外の文明に学ばせていただくことで知恵を導入するなり――」

「そして、何よりも、身体能力値も目に見えて落ちています。総合的な体力、持久力、感覚器官の知覚閾、病原体に対する抵抗力、食物に対する消化吸収効率、心肺能力などなど。これはそちらの国際機関から提供を受けたデータを再編集しただけの調査ですが」

 資料を受け取った代表の視線が、各種統計で埋め尽くされた紙面上を力なくさまよう。そこに載っているすべてのデータは、ここ二百年ほど、全星の環境汚染度や戦乱の有無などに関係なく、平均的成人男女の身体パラメーターが一定の傾斜で右肩下がりになっている現実を示していた。

「あなたがたには、星の海に出て新たに都市を築く余力は、もうありません。この星を統べるのも、そろそろ限界でしょう。今ここにいらっしゃる方々は、まだ天寿を全うすることができるとは思いますが」

 しばらく言葉なく立ちすくんでいた全星代表が、ふと、気がついたように、ゆっくり顔を上げて尋ねた。

「では、あなた達は、ことの最初から?」

「そうです」

「つまり、『未来開発協星社』のお仕事というのは――」

「はい」

 応える異星のコンサルタントの表情には、この上ない穏やかな優しさが浮かんでいたとの、居合わせたメンバーの証言が残っている。

「私たちは、最期が近い文明を訪ねあて、それぞれの星で円滑な『終活』が実現できるよう、宇宙を渡り歩いている企業です」



 結局、その星の支配種族は、その時からさらに「子供の子供の子供」の代で終焉を迎えた。

 最後の百年間には、消えゆく文明の姿を一目見ようと銀河中から訪問客が訪れ、残り少ない住民たちは、今さらのように星々の同胞との交流を楽しんだ。それはさながら、ひたすら不器用に生きてきた孤独な老人の家へ、ずっと存在を知らずにいた一族・親類が大挙して押しかけ、束の間にぎわいを見せたような、明るくも一抹の淋しさの漂う風景だったという。

 現在、同星では次世代の支配種を、「協星ガバナンス」傘下の研究所の責任において、ほぼ自然のままの惑星環境下で進化誘導中。生態系に悪影響を及ぼす残骸などの、前代の文明の痕跡を丁寧に払拭した美しい星でのプロジェクトに、各方面からの熱視線が集まっている。新しい文明が興るまでは「四十万年ほどかかる」とのことである。

 なお、その星の過去の文明の軌跡は、現地で大陸ひとつ分を占めている「協星学術コンソーシアム」管理下のモニュメンタルミュージアムと、そと銀河第Ⅵ方面文明史アーカイブライブラリープラネットで辿ることができる。

 星々の未来に向けて、これらのものから学べることは、決して少なくないはずである。


  <了>



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この星のよりよき未来に 湾多珠巳 @wonder_tamami

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