For better future Part2

 結局、契約相手は「未来開発協星社」となった。

 提案内容に華がなくとも、他の業者からの見積もりその他と比較対照すると、もっとも堅実で信頼できそうだった。対価の中身を明言しないままなのが懸念事項だったが、「いかなる形でもこの星の住民から同意を得られないものは求めない」との誓約がすでに交わされており、その意味では安心できた。交渉妥結まで十五年以上待ってくれたという恩義もある。

 だが実のところ、消極的な理由も大きかった。つまり、「未来開発協星社」以外の業者でめぼしいところが、急に交渉に後ろ向きになってしまったというのだ。

 その星の人々には事情がわかりかねた。が、例の「空間移転」事件でイニシアティブをとれたのが結局「協星社」一社だけだったから、単純に他の会社が負けを悟ったのでは、という解釈で、表向きは落ち着いた。しかし、国際共同体の一部担当官達の間では、「勝ち負け以前に、業者の間でなんだか白けた空気が広がっていた」などとコメントする者もいたりして、真相は藪の中となった。


 ともかくも、「大絶滅」を回避するための全星プロジェクトがスタートした。人々は明るい未来に期待した。かつてなかったほど星全体が活気づき、いがみ合う国同士も協調・共同を合言葉に、手を携えるようになった。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 当初の説明では、その星の自然環境を立て直すためのプロジェクトを地道に進めていく、ということだったが、具体的に現れたノルマは想像よりもずっと過酷なものだった。事実上、その星の住民に二世紀遅れの生活を強いるような内容だったからだ。その星でもっとも過激な環境テロリズムの主張を、すべてためらいなく実行したようなものだった。

 取りまとめ役に当たっている国際共同体のもとへは、人々からの怒号と悲鳴が途切れることなく押し寄せた。

「一日六時間しか電気が使えないって、人権侵害じゃないんですか!? しかも電気代が百倍って、鬼ですか!?」

「交通機関が軒並み激減してスピードダウンして……あの、とてもじゃないけど通勤できない……っていうか、生きていけない……」

「近くのスーパー、全っ然商品が入らなくなってんですけどっ。雑草でも食べて生きろっていうの!?」

「土壌中のマイクロプラスチックを完全回収しましょうって、自治会でタダ働きさせられてるんですけど、これって元はそちらの通達でしょ? 訴えていいですよね?」

 下手をすると国際共同体そのものが世界の敵になりかねなかったので、苦情・陳情は全部「未来開発協星社」で対応してもらうことになった。いったいどのようなシステムによるものかは不明ながら、すべての疑問の声へは即日答えが与えられ、と同時に全住民を絶望の底へ追いやった。

「電気を広く安く提供し始めたことが、あなたがたの間違いの第一歩だったのです。これまでさんざんいい思いをしたのだから、ツケはきちんと払ってください」

「大量輸送と大量消費を無批判に結びつけた愚かな過ちを、これ以上許してはいけません。通勤できないのなら、通勤しなければいいだけのこと。徒歩か自転車で通えるところに一生の糧を求めなさい」

「食べられる雑草があるのなら結構ではないですか。世界の果てからの食材を毎日安い価格で、などという欲望が、いかにこの星の生態系を歪めたか、少しは考察なさい。すべて動物は、手が届くところから食物を得、得られなくなれば死ぬ、それだけのことです」

「あなたの土地の土壌生物が、マイクロプラスチックのせいで長期的に生育と生存を脅かされていることはご存じですね? 彼らに、ここに犯人がいるぞって教えてもいいですか? 今後数千年分の微生物側の怒りを、今回あなたの土地の住民ご一同に一括で償ってもらうことになりますけれど、いいですか?」

 実のところ、そのようなやりとりができるうちはまだよかったのだ。何年もしないうちに、人々の窮状は、ウィットの利いた対話で緩和できる範囲を大きく逸脱した。本格的な生活水準の下落に突入したのである。

 住民たちは堅気の衆・荒くれ者の区別なくブチギレし、治安は悪化し、景気は沈降し、事故率・死亡率も跳ね上がった。病人・老人・社会的弱者はいやでも切り捨てられ、健康であっても事態の変化についていけなくて、病気や飢えで死に至るものさえ少なくなかった。

 その星の有史以来でも、未曾有の大混乱であったかも知れない。大混乱と言うより、人災だった。だが、組織だって本気の反乱を起こす者はいなかった。いや、いたのかも知れないが、それの事実が広く認知されることはなく、各国は不満分子をそれぞれの流儀で抑えるのに必死だった。市民たちも、ひととおり不満を爆発させると、自らの諦観を飼いならす方向に傾く一方だった。

 例の空間転移事件が、ここに至って人々の深層心理に大きく作用していたからだ。

 四百万人が瞬時に消えてしまったあの惨禍は、間違いなく、その星の歴史でも最大級の惨事だった。ほとんどの住民はその事実を報道で知らされただけだったけれども、大質量体の次元転移を地上で行っただけに、関連災害、関連後遺症などの余波は周辺地域にあとあとまで残っており、未だ理論的なことはわからないまでも、話のスケールに人々はただただ圧倒され続けていた。

 とにかく、宇宙船でやってきた連中は、その気になればその程度の災害をいくらでも起こし、治めることができるのだ。「協星社」への反抗宣言を決議した都市一つ、クレーターにしてしまうなど造作もないだろう。我々が相手にしているのは、それだけの科学力を持っているバケモノだ――その認識だけはすべての人々が相等しく共有し、さらにじわじわと広く深く星全体を覆っていきつつあるようだった。

 短期間で不満をスカッと吐き出しきれないタイプの人間――いわゆるインテリ層――だけが、いつまでも事の是非にこだわった。あげく、名だたる学者・教養人が国を越えて団結し、超党派で理論武装するようになり、ついには「協星社」側へ対し、公開論争を申し入れた。挑まれた方は快く応じ、舌戦の模様は広く全星に中継され、人々はその星最高級の知性が「星のコンサルタント屋風情」と対決するさまを見物した。

 結果、「協星社」は地上の専門家集団からの難詰の数々を完膚なきまでに粉砕した。のみならず、その同じ席で、居合わせたインテリことごとくを熱狂的な「協星社」シンパに改宗させてしまったのだ。脳神経や深層心理をいじったわけではない。人々はまっとうな議論の結果として、「協星社」の主張に共感し、あっけなくも全面的に己の否を認めたのである。

 つまりは、とてもこの星の知的水準で対抗できる相手ではなかったということだ。


 武力・科学力の類では歯が立たず、そもそもの知力も圧倒的な差があるらしい、との見方が浸透してからは、その星の住民は、総じて穏やかな気持ちでプロジェクトに当たるようになった。

 それはもう、敵わぬライバルに対する諦観というよりは、信頼できる保護者に対する安心感に近い心境だっかも知れない。

 戦争・戦乱はすべての地域でめっきりと減った。生態系や気候変動に影響しない程度の国際紛争に対してなら、「協星社」は全く干渉してこなかったが、そういう低レベル紛争すらもてきめんに発生頻度が落ちた。まるで、しっかりした庇護者のもとでなら、余計な小競り合いを自然に自重する小心な庶民のように。

 為政者にとって頭が痛かったのは、人口問題だったかも知れない。争いごとが激減すると、国同士の格差も縮まってくる。大国はエゴイスティックな生活ぶりを根こそぎ改めさせられて没落し、その富を吸収する形で中間層以下がのし上がってくる。それは全体的には国々の格差が縮小して総中流世界に向かうことを意味し、基本的には歓迎すべき事態だった。だが、新しく中流入りした国は、徐々に出生率の低下に見舞われ、若い活力を維持することができなかった。片や、かつての先進国は高齢化をこじらせて軒並み衰退し、全体として見ると平均年齢が上がる一方になっていた。人口数は二世紀前との比較で八分の一以下。ひところの大混乱で激減した後、なおも漸減を続けていた。

 ただ、その事自体は楽観視する者が多かった。大開発時代以前の世界に戻しているのだから、その当時の人口水準になるのは当たり前だ。ゴミゴミした都市社会からきれいな世界になって、これからの世代は健全な自然の中で育てられる。であれば、自然、人口も微増に傾くだろう、と。

 そんなふうに、不思議な落ち着きがその星の文化基調となって何世代かが過ぎ、当初寿命を全うできないと言われた「子供の子供」世代を通り越して、さらにその子供の子供の時代になった頃――。

 ついにすべてのプログラムが終了した。


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