この星のよりよき未来に
湾多珠巳
For better future Part1
ひとことで言えば、その星の文明は行き詰まっていた。
自然の脅威を効果的に緩和し、科学文明の恩恵で食糧不足や病気の厄災もおおむね克服できたその星の人々ではあったが、反面、開発に伴う環境破壊が手に負えなくなり、星全体の生態系をも狂わせている事態に対し、ひたすらに手をつかねているばかりだった。さらには政治的・軍事的な騒乱も絶えず、一方で人口動態は不安定で、人々は未来に何の希望も見いだせなくなりつつあった。
そんな時だった。どことも知れない外星系から「未来開発協星社」がやってきたのは。
人々が星外の生命体と接触するのは初めてのことだった。ゆえに、ファーストコンタクト及びその前後の状況は混乱を極め、その星の国際共同体が、国々の代表の資格を勝ち得、「未来開発協星社」の派遣団とテーブルをはさむまで、実に十二年の歳月が必要だった。
いくらかの差異こそあれ、現れた派遣団のメンバーは、おおむねその星の人々と同じような生物的特徴を有していた。言葉も簡単な通訳システムを挟めば、まあスムーズに会話ができた。
「我々はここから八百光年ほどの、銀河系中心方向のとある星系からやってきた生命体で、あなたがたの言語に近い言い方をすれば、開発コンサルタントのようなものです。星々で起きているお困りごとの解決には豊富な実績があり、こちらの星の危機的状況にも万全の自信を持って対処できることと思います」
「危機的状況、とおっしゃいますと?」
「ご自身、よくおわかりでしょう。この星の生物相は崩壊の危機に直面しています。熱収支も大変不安定で、星全体の気象状況が激変しそうな様相を見せています。どうやらあなたがた支配種は、自身の社会内部の問題にしか目が向いていないようですが」
「お恥ずかしい限りです。確かに我々の目下の問題は、主に貿易不均衡問題や一部先進国家での少子化問題などで、近年では戦乱も起きており、正直、それらへの対応でいっぱいいっぱいです。ですが、いわゆる自然環境の保護に関しましては、近年では専門家の意見を大いに取り入れて、広く啓蒙活動にも努めておりまして、それなりの数値目標を――」
「失礼ながら、ことの深刻度がおわかりでない。あなた方に残された時間は、もういくらもないのです。あらゆるシミュレーションで、ごく近い将来、この星の生命の99パーセントが死滅するレベルの大破局が不可避であるとの結果が出ています。ここにおいでの方々の、子供の子供の世代は、間違いなく寿命を全うすることができません」
国際共同体のメンバーが一様に沈黙した。その星でも、それに近い予測は数十年前に得ていたが、その真偽を議論するだけで、事態はまるで動かないままだったのだ。
「あなた方の種族が派手な自滅劇を遂げるのは結構ですが、この星全体、かくも豊かな生物相を道連れにするのはあまりにひどい。どうか、一星を支配してきた種としての矜恃と責任に目覚めていただきたい。我々が、そのお手伝いをします」
「……ご指摘の件はよくわかりました。で、具体的にあなた方はこれから何を?」
「この星にとっての最善の未来となるよう、みなさまへのあらゆるサポート、それと情報提供に努めます。わたくしどもの惑星再生プログラムにご契約いただければ、間違いなくこの惑星全体を大絶滅から救ってご覧にいれます」
「それはつまり、惑星環境クリーナーみたいなすごい機械か何かで、この星をきれいにするような?」
「一つの作業でこれだけの問題が即解決できるような、うまい話はないですよ。プログラムは基本、地道なプロジェクトのスケジュール管理です。それに、行動の主体はあくまであなた方です。我々から最低限の技術提供はしますが、必要なものは基本的にはこの星で製作し、あなた方が活用して、ことの改善にあたっていただきます」
「要するに……『未来開発協星社』さんは監督役というわけですか?」
「プロデューサーと呼んでいだきたいですね。それと、コンサルタント」
「で、その対価は?」
「この星が豊かな生物相を回復すれば、得られるものは無数に出てくると思います。もちろん、その回収内容については別途交渉の場を作らなければならないでしょうが」
微妙に抽象的な言い回しは、少なからず国際共同体メンバーの疑念を煽った。「未来開発協星社」派遣団の外見はみな自信にあふれていて物腰も丁寧だったが、それをそのまま信用していいのか、という疑問に、誰も答えられなかった。
話を持ち帰り、あらためて国際共同体の内側で会議を開くと、当然ながら議論は沸騰した。それでも、論理的に考えれば結論は一つしかない。自分たちでまとまりきれないからこういう事態に至ったのだ。説得力を持って先頭に立ってくれる存在がいれば、未来にも希望が持てる――そう大勢が傾きかけた、その時だった。新たな〝営業担当〟が現れたのは。
「わが社のプログラムは、顧客重視をモットーとしております!」
いきなり星中の通信システムをジャックして宣伝動画を垂れ流し始めたその会社は、「惑星の夜明け事業団」と名乗った。
「『顧客の主体性に任せた解決法』? そんな不確実、無責任な提案があってもいいのでしょうか!? わが社は精鋭の専任担当チームが惑星再生事業に直接コミットし、結果を出します! すべてわたくしどもにお任せください! みなさまにお手間にかけることは一切なく、ご契約に同意いただけるだけで、この星を――」
おお、これはいいじゃないか、と飛びついた国は一つ二つではなかった。気の早いところが勝手に全星代表を名乗って仮契約しようとしたものだから、国際共同体の会議場は大混乱になった。
「話がうますぎる! 絶対何かあるぞ!」
「だが、『未来開発協星社』の提案は、あまりにもサービスが悪くないか?」
「そうは言っても、『惑星の夜明け事業団』とやらの実績はどの程度なんだ!?」
「わかるか、そんなもん!」
そしてその大混乱は、数日で全星規模のカオスになった。さらに別の営業担当が次々に惑星近傍に現れたからだ。
「こちらの財団法人、『セントラル銀河ジェネシスコーポレーション』は、サービスメニューの豊富さにおいて、同業他社の追随を許しません! 惑星環境改造以外にも、さまざまなオプションを選択できます! たとえば、全銀河協約機構の口やかましいルールの裏をかい……上手に受け流して、低位文明星にも先端技術をお手頃価格で提供し、一万年分の科学の遅れもたった一日で――」
「すべての惑星エコシステムコンサル業者は間違っている! あなたがただけに伝えよう! わが『暗黒星のめぐみ』団のトータルマスターだけが、宇宙の真理をご存じだ! 送付の連絡先にワンコールすれば、われらが真理の経典『絶対零度の真空でもたくましく生きる108の方法』を、今なら特別価格――」
「ふるさとは 遠くにありて 思うもの ―― さあ、古い家を出よう、新しい星を目指そう! 住めない惑星になったんだから、仕方ないじゃありませんか。 総合移住支援事業団『キョキョキョの叫び』は、内外七万光年範囲で惑星単位での移民をサポート! 大陸単位、国家単位での契約も相談に応じます! 開拓星で汗を流し、まだ見ぬフロンティアの――」
どうも、「未来開発協星社」が無事にファーストコンタクトを果たしたことで、これは商売相手になる星だと安心した輩が、次々と参入してきているらしい。
混乱は長期に渡った。得体の知れないカタログだのパンフレットだのの類が全星データ通信網に隈なく混入してくるものだから、経済への影響も大きく、国際共同体は情報の整理だけで大わらわだった。
それでも、玉石混交の宣伝文句をさばき続けるに従って商品を見る目も次第に培われていく。三年も経つ頃には、情報を比較検討した経験から、人々の側にも漠然とした判断基準が出来上がっていた。たとえば、
1) おまけ商法に注力している企業が、本業でいい実績を出している例は少ない。
2) スピリチュアル系は論外。
3) 母星の権利書を手放すのは不幸の元。
4) 個性的、先進的な会社との契約は、一種のギャンブル。満足できる結果だといいが、コケた時のリスクは無限大。
5) 「お客様からの満足の声」は、基本的にガセ。
というようなことである。
何となくセールスをさばく自信のようなものも生まれて、では改めて業者の絞り込みを、と、ようやく話が前に進み出した時、大事件が起きた。
その企業は「国単位、地域単位でも契約オッケー」を謳う小口専門で、怪しげなアイデア商法を時々メニューに載せることで話題を作るタイプの、要注意会社だったらしい。
「あなたの領地だけを、安全・安心な二十七次元非共時独立空間に転移させましょう。母星に何が起きても、あなたの仲間は何一つ煩うことなく、穏やかな日常を続けることができます。永遠に」。
このトンデモ系広告に、とある島嶼国家の地方知事が飛びついてしまった。とりあえずの体験サービスだから、と領民たちを説き伏せ、国の中央政庁にも、もちろん国際共同体にも連絡することなく、土地ごとの空間転移とやらに挑戦してしまったのだ。
正確に言えば、その日、そこで何が起きたのか、その星の住民の中で理解できたものはいなかった。後日明らかになったところでは、元々粗悪品だった次元転移機構のメカへ、こともあろうに件の知事が好奇心を抑えられずにちょっかいを出し(能天気な〝実況中継〟をやらかしている知事とその取り巻きの様子が投稿映像に複数残っていた)、想定外の大暴走になったらしい。事態を察知したのはやはり星々の企業人達で、大騒ぎになった時はすでに手遅れだったため、「未来開発協星社」が先頭に立つ形で〝非常措置〟を施した。具体的には、「空間汚染が通常次元に及びそうになったので、対象座標域を惑星地殻の表面ごと量子パージすることで、かろうじて阻止した」とのことだ。
問題の企業の名前は二度と出てくることがなく、その島嶼国家の該当地域は地図上から消滅した。場所としては存在するのだが、現地の地面はまるで小惑星をそのまま星の表面に埋め込んで空隙を繕ったような、不思議な景観になっているという。
その地域の住民およそ四百万人がどうなったのかは、「神のみぞ知る」とのことだ。
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