011.戦闘実験No09

 システムに封印されていた過去の記憶が蘇る。

 記憶の封印は戦闘が必須なこのシステムにおいて、人の記憶が邪魔と判断された結果だろう。戦闘においては知識のみあれば事足りる。システム設計者の思想が透けて見える処置だ。

 元々スキル『精神異常耐性』により不完全だったものが、意識の分裂と結界による隔離によりシステムの干渉から外れ、少しずつ戻ってきたのだろう。


 お父さんのこと、お母さんのこと。

 そして、なによりも大好きな姉さんのこと。


 神童と呼ばれた僕を作り出した姉さん。

 周りからなんと言われようと全然気にせず、いつも興味のあることに夢中だった。

 周りの意見なんてどうでもいい。

 大切なのは自分の興味に正直であること。

 只々姉さんに好かれたかった僕とは根本的に違う、生粋にして天然の超天才。


「だからお前は駄目なのだ」


 見限られた時の言葉は、今でも僕を苛んでいる。

 それでも僕は、姉さんを追いかける。

 追いかける。


 姉さんに振り向いてもらう方法は分かっている。姉さんの興味を引けばいいんだ。そして、姉さんが興味を持つことも分かっている。ここで手に入るものはその一歩。

 凡才な僕が其処に至るためには手段を選んではいられない。


 ああ、そろそろ目覚めの時間のようだ。

 システムが僕を呼んでいる。

 もう一人の僕が目覚める。



 ◇◇◇



 ――対象、023649番

 ――記憶の封印を確認

 ――戦闘能力拘束解除

 ――意識、覚醒


 ――おはようございます


 目が覚めるとそこは、真っ白な部屋の中だった。

 僕は部屋の中心で、同じく真っ白なベッドの上に寝かされていた。

 ここはどこだろう。僕は……僕は誰?

 なんで、こんなところで


 ――行動目標、扉の先へ


 無機質な声が聞こえて視線が自然と、部屋に唯一あった扉へと向けられた。なんで僕は視界に入る前から、其処に扉があると知っているんだろう?

 疑問に思いながらも僕の身体は、ベッドから降りると歩き出し、扉を開けて、その先へと進む。

 真っ白な廊下が何処までも続いている。


 寝起きのはずなのに頭は不思議なほどすっきりとしていて、記憶もすっかり消えている。

 けれど、その事に一切の不安はなかった。

 大丈夫だと、信頼できる誰かに言われているみたいに。


 スキル『看破』を発動。


 歩いていると唐突に、意識の上へ何かが表示された。


 名前:023649番(狭間凪徒)

 種族:夜叉

 年齢:14歳

 加護:擬似機械神デムファの加護

 魔力:F → D new

 スキル:『火魔法:100%』『風魔法:100%』『魔力感知:100%』『水魔法:100%』『土魔法:100%』『魔力操作:100%』『精神異常耐性:34%』『看破:100%』『高速思考:100%』『気配察知:12%』『分裂思考:100%』『威嚇:0%』『光魔法:73%』new『闇魔法:76%』new『空間魔法:34%』new『結界魔法:89%』new

 称号:【修羅道】【四大を極めし者】【鬼の血】【殺意に呑まれし者】【光闇の使徒】new【守護者】new【地獄道】new


 スキル

『光魔法』魔力により光を生み出す力。

『闇魔法』魔力により闇を生み出す力。

『空間魔法』魔力により空間へ干渉する力。

『結界魔法』魔力により境界を隔てる壁を生み出す力。


 称号

【光闇の使徒】

 光と闇の属性の魔法を収めた者に贈られる称号。

 光、闇属性の魔法、魔力感知、魔力操作などに補正が掛かる。


【守護者】

 擬似機械神デムファより、守り手たらんとするその功績を鑑みて贈られる称号。

 擬似機械神デムファとの繋がりが強くなる。

 また、防御、耐性系のステータスに補正が掛かる。


【地獄道】

 地界の底、罪と罰に満たされた炎獄に触れた魂を持つ者に贈られる称号。

 その炎は罪を焼き、この世の全てを等しく罰する。罪に満ちたこの世に罰せられぬものはなく、故にこの炎はこの世の全てを焼き尽くす。この世から罪が消え去るまで。



 スキル? 称号?

 何だろう。よくわからないけれど、これは僕が使える力なのかな?

 でも、何で急にこんなものが出てきたんだろう?

 考えながら廊下の先を歩いていくと、木と鉄で作られた頑丈な扉があった。


 ――扉を開きます


 また声が聞こえて、その声の通りに目の前の扉はせり上がって開いた。

 僕は扉の中に入っていく。


 その先は、幻想的な光景が広がっていた。

 洞窟の中だ。でも全然暗くない。周りの壁が穏やかな光を放っているからだ。それだけじゃない。空中にも蛍のような光を放つ小さな球体が四方八方に浮かんでいる。


「わぁー」


 とても、きれいだ。

 人が三人くらい並んでも余裕で通れるくらい広く、地面もある程度均されているのか気にしていなくても躓くことは無さそう。

 先は途中で左右に分かれているらしく、ここからじゃその先を見渡すことは出来ない。


 ――023649番の入室を確認

 ――015712番の入室を確認

 ――室内全域に特殊戦闘領域を展開


 スキル『気配察知』を発動。


 その時また声が聞こえて、洞窟のどこかに誰かが入ってきたのを感じた。

 なんだろう、これ。

 まるで自分を見ているような、不思議な感じ。


 ――戦闘、開始


 その瞬間、僕の意識は殺意に呑まれた。



 ↑↓


 ああ、あっさり呑まれてしまっている。恐らく称号の【殺意に呑まれし者】が関係しているんだろうけれど。

 僕は隔絶した己の中から、分裂したもう一人の自分を観察していた。

 ここからでもスキルが問題なく使えることは確認済み。さて、身体が死なないように気をつけつつ、この戦闘もさっさと終わらせてしまおう。


 ↓↑



 洞窟の中を進んでいく。敵はまだ遠く、けれど気配により方向は分かっている。

 洞窟は広いが曲がりくねっていて、一直線にはたどり着けない。


 進む、進む、進む、行き止まりに辿り着く。

 戻って別の道を進む、進む、進む、行き止まりに辿り着く。

 戻って別の道を進む、進む、進む、進む、行き止まりに辿り着く。


 敵が見えればすぐさま殺せるというのに、敵の場所までたどり着けない。苛立ちが募る。

 とその時、ふと意識の上に進むべき道が浮かび上がった。


 こちら、あちら、進む、進む、進む。

 そして、洞窟の先に敵の姿を捉えた。


「久し振りだな」


 敵が何かを言っているようだが関係無い。

 僕は右手に魔力を集めた。


「光槍」


 輝く槍が、敵へと放たれた。



 ↓↑


 あれは!?

 僕が内側でその相手の姿を捉えた瞬間、思考が真っ白になった。

 見覚えのある姿。聞き覚えのある声。その口調。

 有り得ない。有り得るはずがない。

 あの人がここに居るはずが無い。

 あの人はあんな契約を結ばない。

 だってあの人には、絶対に叶えられない願いなんて無いんだから。


 ……姉さん。


 ↓↑



 光槍を放った瞬間、強い光を感じて気がついたときには、光槍を放った右手が光槍により貫かれていた。

 跳ね返してきた?

 なら、直接はどうか。


「闇剣」


 魔力を闇に変換して左手に剣の形として生み出し、それで相手に切りかかった。


「なぜ、私に攻撃できる?」


 相手は同じく闇の剣を生み出して、こちらの攻撃にあわせてきた。闇の剣同士は反発し合い鍔迫り合いの状態となる。

 力は同等、このままでは押し切ることは出来ない。剣を引いて逆から切りつけるも、あちらも同じように切りつけてきて、また鍔迫り合いとなる。

 上段から、下段から、突き、横薙ぎ、袈裟切りと攻撃を繰り出すが悉く合わせてくる。

 攻めきれない、どうすればこの相手に届くのか。



 ↓↑


 こんな所に姉さんがいるはず無い。

 落ち着いてくると、違和感が見えてくる。

 姉さんは超が幾つもつくほどの天才だ。それは頭がよいということだけに限らない。

 身体の動かし方を無意識レベルで最適化した姉さんは、運動に関しても天賦の才を発揮する。

 剣道であっても、剣術であっても、それが初めての動きであっても、だ。

 本当にあれが姉さんなら、数度の打ち合いで僕の動きを越えてくる。

 この相手の動きはそれなりに鋭いが、よくて僕と同等程度。いや、むしろ鏡写しといってよい。

 落ち着いてきた僕は、そこでようやく相手の情報を手に入れるべく、『看破』を使用した。



 名前:015712番(写見山彦)

 種族:幻神

 年齢:17

 加護:擬似機械神デムファの加護

 魔力:B

 スキル:『魔鏡:13%』

 称号:【幻の月】【偽ル者】【千変万化】【明鏡止水】【統合者】【超越者】


 スキル

『魔鏡』魂の形を表したもの。


 称号

【幻の月】

 魂の内に眠る幻の月の片鱗を開花させた者に贈られる称号。

 幻覚系スキルに対して大きく補正が掛かる。


【偽ル者】

 自身を偽り他者を欺く力を得た者に贈られる称号。

 他者を欺く行為に対して補正が掛かる。


【千変万化】

 複数の系統のスキルを使いこなした者に贈られる称号。

 スキル全般を扱う際に補正が掛かる。


【明鏡止水】

 その心は静かなる湖面の如く相手の心の内までを写し取り、力とする。



 スキルはいまいち分からないけど、称号を見れば大体この相手の進んできた道が分かる。道筋が分かれば、この相手の願いも分かり、どんな相手なのかも分かる。

 この相手は僕の記憶から姉さんの姿を映しとり、さらに僕の動きを写し取ることで僕の攻撃に合わせていた。

 魔法の反射も能力の一つだろう。

 つまりそれがスキル『魔鏡』。統合されたスキルだけあって強い力だけど、分かってしまえば何とでもなる。

 鏡、か。なら、手始めはこれからかな。

 訓練の成果。

『闇魔法』と『結界魔法』の複合魔法。


 暗幕。


 ↓↑



 幾度目の打ち合いだろうか、攻めきれない停滞は唐突な暗闇によって終わりを迎えた。

 淡く輝く光球が何の前触れもなく消え去った。

 微かな光すらない完全な暗闇。

 何も見えない、けど戦いには何の支障もない。

『気配察知』で相手の位置を確認し、闇の剣の長さと相手の身長を思い出す。そしてそのまま、闇の剣を振り抜いた。


 見えないが、手応えはある。

 幾度と無く感じた打ち合いの感触ではなく、相手を切り裂いた感触だ。

 相手はこちらが見えていない。


「やめなさい、凪徒」


 声が聞こえた。知らない名前、知らない声。

 でも、妙に気になる声。どうでもいい。

 殺意が叫んでいるのだ。殺せ、と。


 僕は再度、闇の剣を振り抜いた。

 ガラスの割れるような音がして、何かを切った感触が手に残った。

 そして、


 ――015712番の死亡を確認

 ――023649番の生存を確認

 ――戦闘終了


 殺意の波が退いていく。

 それと共に周囲の闇が薄れていき、視界がはっきりとしてきた。

 目の前には見覚えのない男の人が倒れ込んでいる。

 あれ? 女の人だと思ったんどけど違ったのかな?


 ――015712番の魂が023649番へと吸収されます


 何かが……声の通りならこの倒れている人の魂が、僕の中に入っていく。

 それが僕の中で新たな力に変わる。


 ――戦闘後結果を精算

 ――未消化の魂を一個確認

 ――スキルの取得を開始

 ――魂源衝動への意識の逆侵入を確認

 ――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます

 ――スキル『生命魔法』を習得しました

 ――全工程終了

 ――023649番の魂への強制干渉、意識を強制睡眠へ移行


 意識が…消える……。



 ↓↑


 あとひとつ。





―――――――――――――――――

神滅プロジェクト

015712番 年齢:17歳 性別:男 種族:幻神

スキル:『魔境』

称号:【幻の月】【偽ル者】【千変万化】【明鏡止水】【統合者】【超越者】

願望:自分でない何かになる

―――――――――――――――――







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