003.戦闘実験No3
契約をしようではないか。そう、男は言った。
◇◇◇
――対象、023649番
――記憶の封印を確認
――戦闘能力拘束解除
――意識、覚醒
――おはようございます
ふと目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
真っ白な部屋。中心にある真っ白なベッドに僕は横たわっていた。
一点の曇り一つない清潔な壁。ベッドのシーツも新品なのかそれとも糊付けされているのか、パリッとしていて使い込まれた感じはしない。
それらは病院を連想させる。
自分の体に違和感を感じた。何かいつもと違う気がする。
いつも? それは、一体なんだっけ? 思い出せない。でも、違うということは分かる。まるで異質な力が漲っているような。それを認識した瞬間、僕はそれの使い方を理解していることに気が付いた。
――行動目標、扉の先へ
視線が強制的に横へと流れる。扉が目に入った。あの先だ。
その瞬間から強烈な目的意識が芽生え、僕はベッドから降りると扉に手を掛けた。
扉を開いたその先は、真っ白な廊下がずっと先まで続いていた。
一本道で、左右の壁には道も扉も無い。
歩きながら考える。何かをついさっきまで考えていたような気がするのに、それを思い出せない。何かをしていて、別の何かに気を取られた後で、自分がさっきまで何をしていたのか分からなくなった。例えていうならそんな感じ。
別の何かは、扉だ。扉の先に進もうと思いついたんだ。
その前は、なんだったっけ?
考えてみたけれど、一度忘れてしまったことは急には思い出せない。
何かきっかけがあれば、思い出せる気がするんだけど。
思い出すと言えば、僕は誰でここはどこ?
そちらは何かの切っ掛けがあっても、容易には思い出せない気がする。
ああ、そうだ。そういうことを考えていたような。
考え事をしながら歩いていたら、行き止まりに突き当たった。
でも、目の前にあるのは壁じゃない。扉だ。
しかも鉄と木でできたこの場所には不釣り合いな扉。
近未来から突然、中世にやってきたような気分だ。
扉には取っ手のようなものは無い。
でも大丈夫だ。これはすぐに開く。なぜかそれが分かる。
――扉を開きます
ほら、開いた。
僕は上にせり上がって開いた扉の先へと進む。
扉の先は、川原と土手だった。
なにこれ。
左手にはそれなりに大きな川が流れている。川幅二十メートルくらいある。僕が立っているのは川の隣にある草原だ。右手は斜面になっていてその先は無い。川の反対側も無い。
無いというのはどういうことかというと、そこから先は壁になっているのだ。
そう、ここは川原だけれど、同時に大きな部屋の中でもあるみたい。意味が分からないけど、そうらしい。空はなぜか茜色。太陽の代わりとばかりに光る照明がその色だからなんだろうけれど。そのせいで、夕暮れ時のような雰囲気だ。
川は僕の後ろにある壁へと流れ込んでいて、その流れを遡っていくと僕の正面にある壁から流れ出しているみたい。川の流れは結構あって、中に入ったら小さな僕は流されてしまいそうだ。
――023649番の入室を確認
――023115番の入室を確認
――室内全域に特殊戦闘領域を展開
川の流れ始める場所から少し視線を右にずらせば、そこには誰かが立っていた。丈の長い白シャツと、同じく白いハーフパンツを履いたその人は、僕よりも少しだけ年齢が上のようだ。たぶん、十五、六歳というところだろう。
遠すぎてそれ以上のことは分からない。
――戦闘、開始
あ。
意識がカチリと切り替わる。
その瞬間に自分の内側で、力が激しく燃え上がり、吹き荒れる。
火と、風。
僕は遠い先の相手に向かって走り出しながら、その力について考える。
火は近くでないと使えない。風は遠くまで届く。
火は一度燃えれば、暫く燃え続ける。火の火力は高くて、当たれば確実に燃え上がる。
風は周囲にまで影響を及ぼす突風。風の狙いは大雑把。
一度使うと全ての力を消費して、次に使う時は命を削る。三度目は止めた方がいい。
正確に狙うなら、近づいて火。
僕が走り出したのに少し遅れて、遠い相手もこちらへ向けて歩き出した。
相手は歩きながら右手を左の腰あたりに持ってきて、勢いよく前方に振り抜いた。
次の瞬間、相手の右手には刀が握られていた。
あれは危ない。僕は急ブレーキを掛けてその場に止まった。
逆に相手は、刀を右手に握ったまま駆け足となり、次第にその速度を上げてきた。
近づいてくる相手の顔が見える。鋭い目つきをした男だ。口は真一文字に結ばれていて、射抜くようにこちらを睨みつけてくる。
相手は強い。何だかわからないけれど、すごく強いと分かる。僕よりも喧嘩に慣れているというか。あの刀をうまく扱えている気がする。
近づくのは不味い。あれで斬られては、あいつを殺せない。
激しい殺意が瞬時にそうと判断した。でも距離をとることは出来ない。走る速度は分からないけど、歩幅で完全に負けている。
接近する前に攻撃するなら風だけど、当たるような気がしない。副産物の突風で吹き飛ばすのもあの体格じゃ難しい。せいぜい動きを止めるくらい。
あとは……チラリと左右を見る。急な川と急な上り坂。火の可能性を残すなら、水はやめた方がいい。もし続いてきた相手に水に入られたら、火の可能性が潰えることになる。
僕は咄嗟に右の斜面を登り始めた。青草の生えた急斜面はバランスがとりづらく、足を滑らせればアッという間に転がり落ちる事だろう。
別に断崖絶壁という訳でも無いから、転がり落ちた所で、草の絨毯にぼふっと行くだけだと思うけど、その後は起き上がる前にあの相手に斬られて終わる。滑らないよう慎重に斜面を登っていく。
それを見た相手も僕の後を追尾して、方向を変え斜面へと近づいてくる。このままだと登りきることは難しい。登り切れば壁の手前に平らな地面があるみたいで、ここよりは身動きしやすいんだけど。
未練はさっと断ち切って、僕は斜面に生えた草を数本抜いて地面を踏みつけ足場を作った。これでこの場を動かなければ、少しだけ相手より滑りにくい。
相手は坂の手前まで来ると何の躊躇もせずに、斜面を登り始めた。
明らかに先を行く僕の方が有利だというのに、よほど接近戦に自信があるのだろう。
たぶんそれは正しい。もしあの刀の間合いに入れば、どんな場所であっても僕は一刀で斬られてしまう。
でも、僕には能力がある。風は当たれば倒せると思うけど、避けられるだろう。副産物の突風も動きを止める程度にしかならない。
でも、この斜面と合わさったら?
斜面を転がり落ちる程度なら軽い怪我で済む。でも、ただでさえ足場の悪いこの場所で突風を受ければ、踏ん張りが効かず飛ばされるだろう。坂の途中で飛ばされて地面に叩きつけられれば、いかに草の絨毯と言えどそれなりの傷は負う筈だ。
僕は近づいてきた相手に向けて思い切り、右手を振り抜いた。身体から何かが抜けていき、それは暴風の塊となって前方に飛んでいった。
相手は一瞬遅れて、右に避けた。不可視の暴風の塊は、しかしあっさりと避けられる。が、それは想定内。その後に発生した突風が、踏ん張りの効かぬ男の身体を跳ね上げた。
平地であれば背後に転がる程度。でもここは斜面の中腹。相手のいる場所は平地から二メートル程高さがある。
相手は背後に飛ばされて、そしてドスンッと重い音を鳴らし、地面へと背中から激突した。
「かはっ」
相手の口から呼気が漏れる。
そんな相手の真上へと間髪入れずに飛び降りた僕は、真下に向けて右手を差し出し、命を削って相手に向けて炎を放った。
「ぎぃやああああああ」
跳び退いた僕の前で、相手が炎に包まれている。ばたばたと手足を動かしているが、起き上がる気配は無い。どうやら地面にたたきつけられたとき、打ちどころが悪かったようだ。それに焼かれる痛みがプラスされ、川に逃げるという発想が浮かんでこないのだろう。
相手は暫くじたばたとその場で暴れていたが、次第にその動きも緩慢になっていった。
そして……
――023115番の死亡を確認
――023649番の生存を確認
――戦闘終了
「はあ」
命を削った代償に揺れる視界を耐えながら、僕は殺意が薄れていくのを感じていた。
終わったのだと理解すると、思わず口から吐息が漏れた。
あっさりと終わった。
でも、明らかに相手の方が強かった。
僕の切り札は二度使えばまともに戦えなくなる。一撃は強力だけど、外したらお終いでは危険すぎる。対して相手には安定感があった。いつまででも戦い続けられるような安定感が。
はっきり言ってこれ以外の勝利が思い浮かばない。それどころか、相手の間合いに入った瞬間、終わる未来が大量に見える。
本当に、ギリギリだった。
――023115番の魂が023649番へと吸収されます
何かが身体に入ってくる。力を使った時に出ていったものとはまた違った力。
もっと高純度で高濃度で、強力な力。
揺れる炎のある方角から流れてくるので、恐らくあの相手の死体から流れてきたのだろうと思う。
これはなんなんだろう。
――戦闘後結果を精算
――未消化の魂を一個確認
――スキルの取得を開始
――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます
――スキル『魔力感知』を習得しました
――全工程終了
――023649番の意識を強制睡眠へ移行
ああ、揺れる視界が次第に狭まってくる。
眠気が、酷く、僕を、襲う。
ダメだ。
――023649番の記憶を封印します
―――――――――――――――――
神滅プロジェクト
023115番 年齢:16歳 性別:男
スキル:『刀剣創造』『刀術』
願望:運命の断絶
―――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます